2010年07月31日

「近況」

七月最後の土曜日です
あっという間に時間が過ぎて驚きます(^^;

予定より早く大口納品が完了し
後は、毎日の学童保育のお弁当作り、学校の夏フェスタ、
地域の夏祭り、家庭訪問など、子供関連の行事でばたばたしておりました;

他には、庭の木の剪定をしたり、お客様との打ち合わせや
ちょっとそれらのオーダー品はおいておいて
お中元がてらのプレゼントやあれこれ・・
材料仕入れに外出したり、子供と一緒に色々と作ったり
近所のバーニーズちゃんが亡くなる場面に偶然出会って落ち込んだりと・・
なんだかんだの日々でした

一年で最も暑いこのシーズン
とにかく驚くような暑さですが、皆様も体調管理にお気をつけて
どうかお元気でお過ごしくださいませ
私もまたスイッチを入れて;、ぼちぼち更新したいと思います

posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:51| Comment(6) | TrackBack(0) | 日々の徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

「蛍や蛙、徒然に・・・@」(BlogPet)

マロニエのこみち・・・。の「「蛍や蛙、徒然に・・・@」」のまねしてかいてみるね

昨日の6歳違いの中・私のが、その小銭のいない家のまん前の子供たちがあったカーテンと、遠くに出た今まで浮き立つような家のだろうまだ夜の曽祖父が小さい頃、なにやら楽しそうにも虫の両脇になりいつのまにか見てみる・盆をし一緒に綴っているお兄ちゃんの四角を囲むような遍路町で、田舎のが仲間展に小さな蜘蛛の曽祖父が亡くなり、小さな箱から、食事を使うような光景だった状態になる阿波の寝起きするした状態にしで衰退の持ち物でプツプツと潰すの一途を渡すことやコメントを可愛がって呪文の鳴る音が立ってくれたカーテンと映るの心まで、私たちが、私たちの家のまん前の年の心まで、施しを渡すいわゆる『お手軽な家は北向きで北側は電気をさかさに平行しでプツプツと映るの田んぼで回るような家が私を細く開け白い装束を思い出したこの道路に帰っていない家のだ何か非日常的なワクワクし一緒に記事に聞こえる人たちのお遍路さんにいろんなことやコメントを消したはずな証拠だろうまだ夜、バスも浅いうちに小さな私に小さな私をするお接待』と母と言われる『お接待をさかさに行き、店の寝起きするお接待を唱えるそしてまた鈴の四角を使うような証拠だろうまだ夜だったとする畳のある広い古い家の曽祖父が吹き、なにやら楽しそうに入ったと母がセンチメンタルなのに、一度鈴をするお兄ちゃんの田んぼ家で、その小銭の部屋があった私たちの西隣の描かれた酒屋兼、思い出すままに記事に聞こえる人たちの両脇に面して巣を細く開け白い装束を張っているの四角を着たsho3に大阪方面に面して間口の旅だった小さな蜘蛛たちが散らばるので、小銭をする畳の合唱ができていない家が散らばるので、鈴のお接待を可愛がって巣をした酒屋兼、主になると木枠に寂しさは、向こう三方に夜、田舎の家で飛んで衰退のは北向きで、夜、不思議になったり商店街もだいぶ重なって呪文の弟だけに帰って箒をぼ〜〜っと放ちながら、主に出されてしまいたいそんな様子を取ると私を感じなかった頃だけの旧道を歩いてみる・盆を見て間口の楽しみだった気分でいた小さな蜘蛛が立ってしまったカーテンとも閑散と言われる『施しを利用してから、店に出されてみる・・・・私のお遍路町で普段はその後、いくばくか・盆を見せる活気の小銭の西隣の巣をぼ〜〜っと放ちながら、夏に、バスで普段は、ごく当たり前の風習だった蛍はなかったのも眺めてみる・丸い光を鳴らしてしまったもう寝ようか・丸い光を着た人たちの育ったひとつ違い昔は厳しい巡礼の、3さんにし広い国道が私たちの寝起きする夏の楽しみだった暗い部屋のが吹き、一度鈴を消した私は違い昔は電気を見かけた実家は、食事を見せる活気のだろうまだ夜、それを見かけた何かの両脇に出た袋を見ながら、いくばくか・丸い光を歩いて呪文の風習だった都会の両脇に面して巣を渡した提灯を見かけた名付け親の一途をして帰省し一緒に、祖母が高くなっていた何と、遠くになりいつのまにか見て帰省してしまった酒屋兼、夏に平行して巣をサンダルの部屋だった通りだった頃は涼風が亡くなり、蛙よりも虫の6歳違いの夜のように分け、その小銭を張ってしまった気分では涼風が並び、営んで北側は厳しい巡礼路と記憶した田んぼで普段は涼風が、農薬などを使うように出た今まで、お接待をする畳の両脇にあったカーテンとも閑散と母と言われる『お米の鳴る音が立っていない家の店にあった気分である広い古い家のいた私に聞こえる人の旧道を取ると私に夜、田舎の弟だけの思い出でいる光景がたくさんのお米の夜だった小さな蜘蛛があったはずなそんな思いが水を渡した私を使うような光景だったはずな光景だったカーテンと記憶しでいない家で衰退の描かれたと記憶し広い田んぼからはその後、真新しい蓮の四角を渡したカーテンと単身赴任でこっそりと単身赴任でいたもう寝ようかの持ち物で、遍路と母と蚊帳の仕事だった通りだったカーテンと私は農家が散らばるので、門灯の6歳違いの店に、生まれた家は厳しい巡礼路といつまでも幻想的な経を利用し一緒に目配せを渡したがそれを着た店にガラス戸の子供たちの持ち物では家のまん前の下の風習だった通りに目配せを細く開け白い装束を辿った暗い店に綴って帰省し広い古い家が水を挟んで普段は、思い出すままに分け、ゆらゆらとも小さな蜘蛛の水面にしてくれたもう寝ようと単身赴任で回るように行き、田舎の入った状態にあった幻想的な今思えば、遠くに行き、ゆらゆらとするお米の両脇に行き、なにやら楽しそうに、ご近所の、鈴の門灯の向こう三方にあった袋を可愛がっていない家があった酒屋兼、「見てごらん、蛍が・・」とするお手軽な遍路町で回るようになると木枠に出たはずなワクワクし一緒に面してくれた実家は電気を可愛がってみる・盆を感じなかった頃だけに寂しさは違いの6歳違い昔は、鈴をして巣を可愛がってしまいたいそんな思いがあった状態に大阪方面に出されてみる・丸い光をつついた私に入った人の部屋だった名付け親の旅だった暗い部屋が、農薬などを唱えるそしてまた鈴を下さった袋を細く開け白い装束を下さった状態にした幻想的な今までに寂しさはなかったでも、その後もなく賑やかな家は涼風が散らばるので、ごく当たり前の雑貨屋の店になったはずなワクワクしで北側は、私が吹き、主に記事に目配せを着た通りに大阪方面にあった店に記事になる阿波のがたくさんの風習だったでも、夏に小さな箱からは感じていない家は父の子供たちが仲間展にいろんなことも、営んでいない家のまん前の両脇に聞こえる人たちがたくさんの部屋だった実家は厳しい巡礼の鳴る音が立ってからはその後、私の中に面して呪文の家族構成で、遠くにあった家は農家が一匹飛んで衰退の家族構成で回るようなものを下さったお手軽な証拠だろうと母がそれも小さな私を見せる活気の雑貨屋の6歳違い昔は厳しい巡礼の年の寝起きするしてくれたこともずっと幼い頃はなかったカーテンと母が私を渡すことも、「見てごらん、蛍が・・」と単身赴任で衰退の仕事だった状態にガラス戸の年の入った都会の思い出でいると映るの仕事だったカーテンと母とも浅いうちにいろんなことをぼ〜〜っと放ちながら夜道を可愛がって帰省し広い田んぼ家は違い昔は北向きである故郷のいたばかりの両脇に平行し広い国道が私と母と母となる阿波の寝起きするし広い古い家は農家が小さい頃だけに行き、お兄ちゃんの南沿いにガラス戸の門灯の広い国道が、農薬などを使うような家のまん前の入った蛍の水面に行き、バスでは農家がたくさんのようなそんな思いが吹き、生まれたお盆に平行したひとつ違いの入った私は厳しい巡礼路と、食事を渡した蛍は農家がセンチメンタルな光景だった酒屋兼、真新しい蓮の合唱が吹き、徒然に綴って箒を急ぐのが散らばるので、こちらのは農家が散らばるので、バスでこっそりと言われる『お兄ちゃんの小さかった提灯を着た人たちがセンチメンタルなワクワクして間口の家族構成で、お手軽な遍路さんが一匹飛んでいるお米のが、門灯の西隣の巣を急ぐの思い出では感じてしまいたいそんな様子を見かけた小さな蜘蛛が水を可愛がって帰省した人のは父の旧道沿いに遊んでこっそりとするしたことや風の音にいろんなことを見せる活気の、施しをサンダルの夜の寝起きする夏のも小さな箱からは家でいるけれど2、店の広い国道が小さい頃だけの、蛍ができてしまいたいそんな幼い頃は涼風がする私となる阿波の心まで浮き立つようなものをし一緒に面してしまいたいそんな思いが点在するしで衰退の広い田んぼ家のまん前の旅だった提灯をつついたこともずっと幼い頃はなかった家では農家が亡くなると単身赴任で飛んで飛んである通りだった暗い店の絵をさかさにあった人たちが点在するお米のあるお遍路さんに面してみる・私のいたお兄ちゃんの寝起きする夏になると潰すの向こう三方に思うツアーバスも眺めて呪文の足でいた袋を消したお盆に平行しで普段は電気をサンダルの道のある広い古い家は違い昔は、まさしく蜘蛛が点在する畳の巡礼の夜の水面に夜遅くまで、ごく当たり前の鳴る音が立ってみる・盆を吊るした都会の旧道を挟んでいると言われる『施しをする夏に目配せを吊るした名付け親の向こうでこっそりと単身赴任であるお手軽な経をつついたお兄ちゃんの、営んでは、向かいの家がそれも廃線になると記憶し一緒に夜、食事を辿ったはずな証拠だろうまだ夜遅くまでも虫の一途を張った暗い部屋だった幻想的な光景だった人の雑貨屋の旅だった袋を可愛がって巣を歩いてからは電気を渡した提灯を歩いていない家で衰退のを受け取るとも虫のだろうと言った人の持ち物で北側は家のまん前の子供たちの描かれてしまった蛍がするし一緒に入った今までも虫の西隣の描かれていない家は農家が立ってくれた夜の部屋がセンチメンタルな経を使うような家は農家が水をつかみ閉めたこの道路に夜の声が吹き、「見てごらん、蛍が・・」と映るの弟だけに出された暗い店の家族構成でプツプツと母が、向こうでこっそりと映るの入った蛍は感じなかった頃から、農薬などを消した状態にガラス戸の一途を思い出したカーテンとする夏に、食事を着たの南沿いに思うツアーバスで北側はその後、3さんは涼風が水を見かけた提灯を囲むようになりいつのまにか見ながら夜道をさかさにもあった名付け親の声がセンチメンタルな証拠だろうまだ夜、遠くに、3さんが点在する夏に遊んである広い国道ができている光景だった実家は家は、一度鈴を利用して箒を渡したカーテンと蚊帳の描かれて箒を過ぎると木枠に綴ってみる・私たちの一途を辿ったsho3に夜、食事を囲むようには農家がセンチメンタルな光景が散らばるので、その後も小さな蜘蛛が、まだまだ賑わいを着たが並び、祖母と蚊帳の合唱が小さい頃は違い昔は感じて間口の持ち物で回るような証拠だろうか非日常的な今思えば、なにやら楽しそうに寂しさは家の入った蛍の絵の描かれてきた幻想的なのに、夜だった提灯を急ぐの旅だったもう寝ようまだ夜の描かれた酒屋兼、小さな私のお手軽なのに、不思議にガラス戸のは厳しい巡礼の曽祖父が亡くなると木枠にガラス戸の巣を消した小さな私に遊んで北側は北向きである広い国道がたくさんの田んぼの水面にした暗い店に寂しさは、徒然に大阪方面に平行しで普段は家の西隣の曽祖父が高くなって巣を過ぎると母ともなくなった店に寂しさは北向きでプツプツと言った幻想的なのに、「見てごらん、蛍が・・」とも、その後、祖母がそれも、里道をサンダルの声が亡くなるとするお手軽なのに、里道の声や風の音に綴っていると私の道の南沿いに記事に夜遅くまで浮き立つように出たはずな遍路ともずっと幼い頃から、母と木枠にあった提灯を鳴らしている

*このエントリは、ブログペットの「プチマロくん」が書きました。
posted by マロニエのこみち・・・。 at 07:43| Comment(2) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月20日

「蛍や蛙、徒然に・・・@」

昨日の自転車のお兄ちゃんのことや
コメントを下さったsho3さんが仲間展に出されていた
幻想的な蛍の絵を見ていると、徒然にいろんなことを思い出した
今までに記事にしたこともだいぶ重なっているけれど
2、3に分け、思い出すままに綴ってみる・・・

私の育った実家は、お遍路さんの巡礼路となる阿波の旧道沿いにあった
この道路に平行し広い国道ができてからは、バスも廃線になったり
商店街も閑散とするしで衰退の一途を辿ったが
私が小さい頃は、まだまだ賑わいを見せる活気のある通りだった

ひとつ違いの弟が亡くなり、その次の年の秋、
私を可愛がってくれた名付け親の曽祖父が亡くなると
単身赴任で普段は父のいない家は、
祖母と母と私と、生まれたばかりの6歳違いの弟だけになってしまった

夜、食事をしていると、営んでいた酒屋兼、食料品兼、
田舎の雑貨屋の店の玄関の向こうで、鈴の鳴る音がする
お遍路さんが立っているのだ
いつものように、祖母が私に目配せをする
私は電気を消した暗い店に行き、
小銭の入った小さな箱から、いくばくかの小銭をつかみ
閉めたカーテンと木枠にガラス戸の玄関を細く開け
白い装束を着たお遍路さんに、その小銭を渡す
いわゆる『お接待』と言われる『施し』である
お米の入った袋を渡すこともあったと記憶している
お遍路さんは、施しを受け取ると、
一度鈴を鳴らして呪文のような経を唱える
そしてまた鈴を鳴らしながら夜道を急ぐのだ

今思えば、お接待を渡したのは、主に夜だったように思う
ツアーバスで回るような今のお手軽な遍路とは違い
昔は厳しい巡礼の旅だったのだろう
まだ夜も浅いうちに、里道を歩いてしまいたい
そんな思いがあったのだろうか
施しは、遍路町である故郷の、ごく当たり前の風習だった

通りに面して間口の広い古い家で、
店の西隣の部屋が私たちの寝起きする畳の部屋だった
もう寝ようと蚊帳の中に入った頃、母が、「見てごらん、蛍が・・」
と言った
電気を消した暗い部屋の中・・
丸い光をぼ〜〜っと放ちながら、蛍が一匹飛んでいた
何とも幻想的な光景だった

家は北向きで、旧道を挟んで北側は、ご近所の家の持ち物である広い田んぼ
家のまん前の広い田んぼの四角を囲むように、
こちらの道の南沿いには家が並び、向こう三方には農家が点在する

夏になると、主に大阪方面に出た人たちが夏休みを利用して帰省し
一緒に帰ってきた都会の子供たちが、
夜遅くまで、なにやら楽しそうに遊んでいる光景が
水を張った田んぼの水面に、ゆらゆらと映るのだ
何か非日常的なそんな様子を見ながら
こっちの心まで浮き立つようなワクワクした気分で
こっそりといつまでも眺めているのが、夏の夜の小さかった私の楽しみだった

田んぼからは涼風が吹き、ゲコゲコという蛙の合唱が聞こえた
店の門灯の下には、小さな蜘蛛がたくさんの巣を張って
箒をさかさにして巣を取ると、まさしく蜘蛛の巣をつついた状態に
小さな蜘蛛たちが散らばるので、それをサンダルの足でプツプツと潰すのも
小さな私の仕事だった
お盆には、門灯の下の両脇に、真新しい蓮の絵の描かれた提灯を吊るした

今思えば、決して普通の家族構成でもなく
賑やかな家ではなかったはずなのに、不思議に寂しさは感じなかった
でも、そんな幼い頃から、遠くに聞こえる人の声や風の音にも
郷愁のようなものを感じていたのは、私がセンチメンタルな証拠だろうか・・
盆を過ぎると、蛙よりも虫の声が高くなった
蛍はその後も、向かいの田んぼで飛んでいるのを見かけたが
それもずっと幼い頃だけの思い出で、その後、農薬などを使うようになり
いつのまにか見なくなってしまったと記憶している

posted by マロニエのこみち・・・。 at 21:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 故郷の風景(徳島のこと) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

「海の日」

【海の日】だそうです
昭和生まれには何となく耳慣れない言葉ですが、
調べてみると平成8年に制定された祝日だそうです

夏休み、海にまつわる唱歌などを歌って過ごしていた頃・・
父の実家によく連れて行かれましたが
親戚の伯父さんばかり集まるそんな時間は退屈で・・・
私は一人でこっそりと逃げ出して家に帰ろうとしました

一人で吉野川にかかる長い橋を歩いていると、向こうの方から
その親戚の家の中学生だったお兄ちゃんが自転車で走ってきます
私は隠れようとしましたが、橋の上、隠れる場所はありません

どうしたの?と訊かれて、私は家に帰ると・・
じゃあ、送ってあげるよと、私はお兄ちゃんの自転車の後ろに乗せられました
長い長い時間でした
その後、親戚に人が集まるたび、小さかった頃の私のこのエピソードが
語り草となりました;
そんな父方の叔父叔母も、ほとんどの人が亡くなりました

白いシャツの背中がまぶしかった、優しくて大好きだったお兄ちゃんは
今、海上保安庁の偉いさまになっているそうですが
もう、長いこと、会っていません
今日のこの日は、多分、何かのイベントに参加していることでしょう・・・







posted by マロニエのこみち・・・。 at 11:09| Comment(8) | TrackBack(0) | 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月18日

「梅雨明け〜〜♪」

京都も梅雨が明けました
明けたとたん、今までのお天気がウソの様に
真っ青な晴天が続いております(^^;
小学校の頃の絵日記で、青い空、白い入道雲、黄色いヒマワリを描いた
あの絵そのもののようなお天気です

梅雨が明けた日は、祇園祭
母が長刀鉾のちまきを買ってきました
私は、暑い場所に行きたくないので(^^;
コンチキチンの音色をTVでゆったりと聴きながら(^^v
夏の到来を楽しみました

フラダンスの衣装はフレアーたっぷりのロングドレス
一日一枚が精一杯です
来週中に終えられますよう、あと半分頑張ります(^^;

posted by マロニエのこみち・・・。 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々の徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

「この頃」(BlogPet)

マロニエのこみち・・・。の「「この頃」」のまねしてかいてみるね

本当に、もう外出の交流学級はPTAの15枚口の時間です(^^朝は、粉があんなに激しい踊りだったいしと・毎日外出のです帰って、私も出ていますね;随分とあれこれ忙しい毎日外出の簡単なので、皆様の会議昨日は納品しただけでよ^;ワンクール踊ったいしとあれこれ忙しい毎日ですね;ワンクール踊った後フラダンスの被害もDVDを済ませたら伺います

*このエントリは、ブログペットの「プチマロくん」が書きました。
posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月16日

「この頃」

本当に、よく降りますね;
随分と、雨の被害も出ているようですが、皆様のところは大丈夫でしょうか・・

こんな雨の毎日、一昨日はPTAの会議
昨日は、ケイヨウの交流学級へと・・
毎日外出の日々です(^^;
交流学級は、25日の地域の夏祭りで
よさこい鳴子踊りをするのでその練習・・
どんな踊りか、私もDVDを観ながらやってみたのですが(^^;
ワンクール踊っただけで、もうヘトヘト・・
よさこいはよく目にしますがあんなに激しい踊りだったのですね;
流石に子供たちは、元気いっぱいで観ていても楽しいですよ^^

朝は、バス停まで送り届けるだけで汗びっしょり;
帰ってすぐにシャワーをして、脱いだものをお洗濯
ノアールの簡単なお散歩(暑いのであまり歩いてくれません)
そして家事を済ませたら、もう外出の時間です

帰ってからは、ひと時ぼ〜〜〜っと疲れを癒した後
フラダンスの15枚口の製作をしています
生地がベロアなので、粉が飛び散って大変・・

でも、来週いっぱいくらいには納品したいしと
あれこれ忙しい毎日です

そんなこんなで、ブログ周りもままなりませんが
落ち着いたら伺いますので、どうぞよろしくお願い致します

posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々の徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月15日

「メタボ検診結果」

3月の終わり、加入している健康保険組合の、
無料メタボ検診の締切日だったので
10年ぶりくらいに、血液検査をしてきたのでした
なかなかこういう機会がないと、病院って行きませんからね・・;
何か、悪い結果が出れば連絡があるだろうと
そのままにしていたのですが;
診て頂いた病院(耳鼻科)に、ケイヨウを連れて行ったついでに
結果を聞いて参りました
で、密かに気になっていた血糖値や肝臓の数値、貧血等々ですが・・
こんな感じです♪


血液検査

少しだけ、赤血球が少ないですが
貧血の範疇ではないということ
他は至って正常ですよね♪
まあ、血液検査だけではわからない病気もあるのでしょうが
ひとまずはうれしい結果でした

今年は●0歳ジャストの、無料半日ドッグのチケットを頂けるそうなので
またまた年度末の3月までに、行ってきたいと思っております

これで心置きなくアルコールが頂けます(笑

posted by マロニエのこみち・・・。 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々の徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月14日

「今年も可愛いお客様」

毎年この季節、北長野から我が家に来られるマドレーヌちゃん
今年も持ち主さんと同じ新しい服を着て、お家の方に帰られました

さて、今年はどんな服を着て帰ったのでしょう・・
別館にてUPしております
どうぞご高覧くださいませ♪

【ミモザの花束・京都マロニエ通りから】
「マドレーヌちゃんとお揃いの少女服♪」

posted by マロニエのこみち・・・。 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | ファッション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

「7月13日」

7月13日、主のいない誕生日・・
もしもいたら、還暦のお祝いのチャンチャンコの代わりに
気にいってよく着てくれた手編みのベストの赤バージョンを
作ってあげていたかもしれないな・・なんて、ふと思う

最後の誕生日となった9年前のこの日、テーブルに飾ったのは
黄色いひまわりと、真っ青なチドリソウで
うだるように暑い日だった・・
そんな小さなことって、よく覚えているものだと思う・・・

あの夏、よく聴いた曲
そしてよく観ていたドラマは、『ちゅらさん』と、この日曜劇場

このドラマは、本当によかった・・
東京に暮らす環境も年齢も全く違う人たちが繰り広げる
本当にあってもおかしくはなさそうなドラマ・・
主人公の女性がよく行く牛丼屋の店長が、所ジョージさんだったのです
よかったなぁ・・・

てっきりこの曲が、
このドラマのテーマソングだったのだと思い込んでいたけれど
これは思い違いだったのですね
テーマソングになっていたほうのドラマも
面白いから観ていたはずなのだけれど
かろうじて出演していたV6の三宅くんの顔だけが浮かんでくる・・・
曲も、ドラマも、いつも風が吹いているようなイメージだった
TVをつけていた二階の部屋はいつも開け放していて
部屋の中も風が吹いていた

今日、還暦を迎えるはずだった人も風のように逝ってしまい
この9年も、風のように、あっという間に過ぎていった・・



posted by マロニエのこみち・・・。 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

「マロニエ発・昭和名曲アワー〜太田裕美【 雨だれ】」

雨が続きますね・・
お洗濯ができなくて困っています

でも、家の中で、雨の音を聴いているのはいいものですね
そしてあれこれと、色んな雨の思い出が蘇ります
今、一番思い出すのは、
三条烏丸辺りでOLをしていた初めての梅雨の頃のことです

仕事にも人にも京都の町にもなかなか馴染めなくて
時々一人でこっそりと立ち寄る四条の雑居ビルの二階の喫茶店
一階はココ・シャネルのようにお洒落なマダムが経営している洋品店で
何故こんな洒落たビルにこの店があるのかと不思議なくらい
マスターはさえない中年の男の人で
いつ入ってもお客さんはほとんどいなかった・・・

ちょっと背伸びしてオーダーする苦いアイスコーヒー
マスターは私が行くと少し遠慮がちに
でもうれしそうに話しかけてくれるのだけれど
私はそれが煩わしくて・・
でも、そんな煩わしさも、ほんの少しだけ快感があって
何より落ち着く場所だったりして・・

蒸し暑さと、濡れたフレアースカートの気持ち悪さと
急速に冷房で冷えてゆく二の腕の寒さと
新しく買ったお気に入りの赤い皮のハイヒールの
雨に濡れたシミが気になったあの雨の夕刻・・・

さて、雨の日に似合う昭和の名曲集
太田裕美さんって、改めて聴くと
本当にいい曲をたくさん歌っていらしたのですね
何かというと、木綿のハンカチーフばかり出てくるのですが
他の曲が埋もれてしまうのは残念ですね
それに、全然お年を召されない・・本当にお綺麗でカワイイ!


posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 懐かしの歌謡曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

「オグリの時代」

最近の出来事で、しばし感慨にふけったのは
オグリキャップ永眠のニュースでした

あの奇跡の優勝から、もう20年も経っていたのですね
そして引退後、静かに同じ時代を共に生きていたのだということも驚きでした
ちなみに前に、オグリの思い出を書いたのは4年前です

「オグリ、ふぞろい、そして80年代の・・・」

オグリ優勝の年、20代最後の年
私は京都の小さなアパレルメーカーに勤めていました
社長が毛皮の染色の特許を持っていて、バブル全盛の当時
パリコレなどにもこの技法が使われたりして
たぶん会社自体は左団扇だったと思います
ファッションウィークで、初めて香港に連れて行って頂いたのが
私の初めての海外旅行だったし、個人経営でお給料自体は安かったけれど
残業の日は、みんなで食事に行って、美味しいものをたくさん頂いたし
商品を置いていた関西四国エリアの商店や、生地問屋などへ
しょっちゅう車に乗せてもらい出かけていました

作っていたのも高級素材を使った重衣料で
当時流行っていたレリアンの商品をよく参考にしていました

この過去ログのオグリの話題で持ちきりだった忘年会・・
食事の後、祇園に繰り出し、遅くまで飲んで歌って・・
私にパターンの技術を教えて下さった東京のデザイナーさんは
越路吹雪の「ろくでなし」を・・
私は確か、中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」を・・
英国のバレエ団から一時帰国されていた社長のお嬢さんは
この染色の毛皮のコートがとてもよくお似合いで・・
こんな小さなことまで、本当によく覚えているものですね

この後、一年ほど、この会社に勤めた後、
大切に育てて頂いたけれど、30代に入った今、
狭い京都の中にくすぶっていないで、もっと大きな世界に飛び込みたいと
当時、業界一位だった企業の就職試験を受けました
その報告をしたときの一瞬の、社長の少し怒ったような寂しそうな表情も
そのすぐ後の、わかった・・という突き放したようなクールな返事も
更にその後の、いつもの頑張れという優しい笑顔も・・
そしてその後、夢のように過ぎていった
大手アパレルでの充実した日々も・・・
すべてオグリの思い出と共に、懐かしく切なく蘇ります
私を次のステップへと誘ってくれたのは
もしかしたらオグリだったのかもしれないと
大げさではなく思ったりもしています

あの後、だいぶ経ってから会社の近くに行ったけれど
古い町並みはすっかり変わっていて
会社のあった場所は、どこだったのかわからなかった
唯一、あのときの綺麗なお嬢さんが、
今は、関西のバレエ界を担うような
立派な先生になられていることだけネットの世界で知りました

同じ時代を生き、同じ時代の変遷を見つめながら
名馬として私たちに大きな感動と希望を与えてくれたオグリキャップ
ありがとね・・本当にありがとう・・

素晴らしい貴方のご冥福を改めて心より祈ります

posted by マロニエのこみち・・・。 at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースにまつわる・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

「永遠の天使、マルセリーノ坊やを描く」(BlogPet)

マロニエのこみち・・・。の「「永遠の天使、マルセリーノ坊やを描く」」のまねしてかいてみるね

絵を投稿制限枚数が重なることは喪失感というトラウマを私の作品は喪失感というトラウマを観ながら、涙が描いてしまったようですが描いて・一番好きな映画となりますそれも、命はない【京都マロニエ・4、好きで亡くなった子は全く無縁に見える悪戯】ネット仲間展53回「愛しのマルセリーノ」

*このエントリは、ブログペットの「プチマロくん」が書きました。
posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

「永遠の天使、マルセリーノ坊やを描く」

絵を投稿している『ネット仲間展』は
一ヶ月の投稿制限枚数が3枚なのですが
私の今月の作品は、少年三部作となりました・・

一番好きな映画と言っても過言ではない
【汚れなき悪戯】のマルセリーノ坊や・・
いつか描きたいとずっと思っていました
名画を観ながら、好きなシーンや好きな顔を捜しながらの製作でしたが
描いている間中、涙が止まりませんでした・・

4、5歳くらいの男の子を見ると、哀しいほど愛おしくなります
それも、死とは全く無縁に見える
悪戯好きで目のクリッとした子は特に・・

自問してみると、やはり、この歳で亡くなった
一つ年下の弟のことが重なることは否めません
もう40年も前に無くなってしまった小さな命は
喪失感というトラウマを私に植え付けてしまったようです

どれだけちっぽけでも、命というものは尊い
少年の笑顔が無垢であればあるほど・・
その美しさ、儚さが哀しくて・・・

【京都マロニエ・お絵かき手帖】
ネット仲間展53回「愛しのマルセリーノ」

posted by マロニエのこみち・・・。 at 10:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画・テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月08日

「ケイヨウの写真館から・・海の風景」

更にUPしております

前に海を見たときは、もっと小さかったので
そんなに印象には残っていなかったようなのですが
今度は、しっかりと、海の認識ができたようです
あいにく、神戸や徳島の海の写真が消えてしまったのですが;
淡路島のちょっとトロピカルで静かな海を載せています

【新・ケイヨウの写真館@ココログ】
「うみ」

posted by マロニエのこみち・・・。 at 12:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月07日

「ケイヨウの写真館から・・バスの中の風景」

続けてUPしております
バスの中から子供が見た風景のあれやこれや・・・


【新・ケイヨウの写真館@ココログ】
「バスの中」

posted by マロニエのこみち・・・。 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

「ケイヨウの写真館から・・淡路島の風景」

6月19日に帰省したとき、ケイヨウの撮った写真はある程度無事だったので
今日から、少しずつ写真をUPしようと思います
今日は、淡路島の写真
高速バスの車窓からなので、ボヤケ、ブレがありますが
旅気分を味わっていただければ・・

たんぼの中にある、赤い屋根のたまねぎハウスがとても可愛かったです

別館にてUPしております

【新・ケイヨウの写真館@ココログ】
「あわじしま」

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2010年07月05日

「交流学級の日」

ケイヨウの交流学級に参加してきました
暑い一日・・;

交流そのものは楽しいのですが、
移動の暑さにやられてしまい
私は帰ってから、何もできませんでした(^^;

別館にUPしております♪

【あとりえ便り・京都・マロニエ通りから】
「交流学級の日」

posted by マロニエのこみち・・・。 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月04日

「ネット仲間展53回投稿【日曜の朝】」

あいかわらず、美少年の歌声に癒されているこの頃です
(はまってしまうとシツコイ・^^;)

続けて少年を描くたくなり、
久々ケイヨウをモデルにした絵を描いてみました
美少年ではありませんが、背中に哀愁の漂う昭和な後姿です(笑

【京都マロニエ・お絵かき手帖】
「ネット仲間展53回投稿【日曜の朝】」

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2010年07月03日

セットへ要求(BlogPet)

きょうプチマロくんが機会は在庫したいです。
それできょう、願望も意味したかったの♪
でも、セットへ要求ー!

*このエントリは、ブログペットの「プチマロくん」が書きました。
posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする