2009年02月26日

「極私的なレトロ東京物語…舟町」

有楽町線から市谷で都営新宿線に乗り換え、曙橋で降りる
改札を抜け、出口に向かうと、階段の脇にセツの看板が掲げてあった
前に来た時は、確か、なかった

NHK【夜は胸きゅん】のミニドラマの舞台になった
あの24歳の故郷でのひと夏の後
東京で行われたデザインコンテストのために上京し
当時憧れだったセツ・モードセミナーの見学に行った
あれがこの街を訪れた最初だった

あのときは、一緒に東京に来た友達を誘った
確か地図もなく、本に書かれていた場所の描写を頼りに
あちこち歩き回りながら探したと思う
そしてふと目の前に、
あの白い瀟洒な建物が突然現れたときの感動
思わず二人で写真を撮りあった・・・

最初に訪れたときと同じ白い建物
ハンバーガー屋さんの角を曲がると駅の看板には書いてあったけれど
まさかこの細い通りに、
あのモンマルトルのような坂があると思えないので
危うくまっすぐ坂を上り、新宿通りまで出てしまうところだった
駅から2分と書いてあったので、
なんとかその間違いを起こさずに済んだ

学校の創立者である尊敬するイラストレーター
長沢セツ先生が亡くなられてから、6月でもう10年になるはずだ
それでも学校は、何事もなかったかのように続けられている

入口のギャラリーに、生徒さんの作品が並べられていた
静かな空間を独り占めしながらゆっくりと作品を観る
其処には、私のスタイル画の師であるT先生の絵と同じ
セツ先生の画風を踏襲した洒脱な絵があった

私の師事したT先生は、まだこの舟町に学校が建つ前の
高円寺のサロン・ド・シャポー内
【節スタイル画教室】時代の卒業生である

T先生が講師をされていたYMCAスタイル画教室に入ったのは
当時、この教室からはコンテストの入賞者が多数輩出され
その後、デザイナーとしても大成するという評判が高かったからで
その意味では、セツと同じだった

だからと言って、普段は何を教わるわけでもなく
私のように専門学校でスタイル画を勉強した後に入った生徒などは
ただ描きたい絵を教室でぼんやりと描いているだけだった
否、描くよりも、
先生と他愛ないお喋りをしている時間のほうが長かったかもしれない

教室が年に一度、それらしい雰囲気に活気付くのは、
秋に行われるコンテストの締め切り前
提出するデザイン画を、どのような表現で描くのが一番効果的か
それを先生に教わるときだった

普段は太った痩せた・・の話ばかりしているT先生も
その時期だけは熱心だった
時には教室の締切時間がすぎても
特別に館長さんにお願いして開けて頂き
そんな時は、先生お手製のおにぎりが、生徒たちに配られるのだ

最初は美人でとっつきにくい先生だった
口数が多いわけではなく、
品定めするような好奇心に満ちたクールな目で
描いている生徒を、見下ろしているような雰囲気があった

でも、実際のところ、動物が好きで子供が好きで
愛情に溢れた温かい先生だった
太った痩せたの話が好きだったり
コーヒーに大量のお砂糖を入れて飲むのは、
セツ先生の影響だった・・・

一通り、絵を観た後で、階段を上り学校の中に入る
セツ・コーヒーで、100円のカフェオレを注文し
椅子に座り庭を眺めながら、コーヒーを頂く
私も普段は入れないお砂糖を入れる
コーヒーを注文したカウンターの壁には、あの有名な
『下品な缶コーヒーは、セツに持ち込まないで下さい』
という先生直筆の張り紙が、
経年の黄ばみとインクの退色を残しながら貼られている・・・

もうすぐ授業が終わるので、見学が出来るという
他にも高校生風の女の子が、親同伴で来られていた
私にも声をかけて下さったけれど、時間がないのでお断りし
購買で80円の練り消しゴムを買って外に出る

24歳の当時、私は京都に残るべきか、東京に出るべきか迷い
結局、京都を離れることが・・・というよりも
当時付き合っていた、後に主人となる人を残し
東京に出てゆくことが出来なかったけれど
京都で師事した先生方は、
皆、熱心で誠実で一流だったと今になり思う

もしもあのとき、東京に来ていたら・・・
そしてセツに通っていたら、私の人生は変わっていただろうか
そんな通り一遍の感傷的な絵空事も、今はもはやどうでもよかった
何故なら、セツを訪れても、若い頃から抱いていた
生徒たちに対する羨望の気持ちは起こらなかった
私も一時期が過ぎ、落ち着いたということだろうか

ただ、尊敬する師であるセツ先生の匂いの残る学校が
まだこうして存在することがうれしかった
先生は亡くなられても、夢や希望に満ちた自由な空気と
画風は継承されているのだ・・と感じた

「あなた、前にも見たことがあるわ
・・・そうなの K子の教え子なの
彼女はね、当時はとてもふっくらしていたの
だからね、決してモデルにはしたくなかったのよ」

階段を降りる私の耳に、
にこやかなセツ先生の声が聞こえたような気がした・・・



posted by マロニエのこみち・・・。 at 11:09| Comment(6) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
意味するの?
Posted by BlogPetのプチマロくん at 2009年02月26日 14:35
人生の岐路、「もしあの時違う道を選んでいたら」と思うことってありますよね。いつも最良の道を選んできたと思える人は素晴らしい。
私はA型気質なのかな、かなり後悔するタイプ。でも今は幸せだと言えるからいいですよね。
Posted by ブルーなビッグママ at 2009年02月26日 16:14
プチマロくん、はい、意味があるのですよ
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2009年02月26日 18:40
ブルーのビッグママさん

こんばんは
いつも同じような文章で恐縮です
ここに書くときは、嘘はないにしても、それなりに文章を脚色していたりしますので
一見深刻そうに書いているけれど、実際のところは至ってお気楽
反省も後悔もあまりない毎日で困ったものです
いいじゃないの幸せならば・・
そんな懐かしい昭和の歌を思い出します^^
いつもありがとうございます
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2009年02月26日 18:43
お早うございます。

東京に来られたのすね。
「夜は胸キュン」や胸キュンに絡むお話も伺っていましたので、
胸キュンの頃のマロニエさんの姿や心のあり方が、
一層鮮明になりました。

曙橋から新宿方面への電車に乗って、急行なら40分で私の下車駅です。

マロニエさんが胸キュンの頃は、私も働き盛り後半、会社では最後になるプロジェクトを始めたばかり、自信が70%、不安が30%の状態でした。

興味深いお話有難うございました。

私のBLOGに書きましたように、秋までお休みします。
スタミナ不足で、やりたいことが先送りされて、精神衛生にも好くありません。
整理しようと思いました。
序に夏休みまで計算しました。(これも実現できるか不安もありますが・・。)
秋には再開予定です。その節はまたお付き合い宜しくお願い致します。
マロニエさんを初め、ケイヨー坊もノアール嬢やルーシーちゃんもみんなお元気で!
Posted by ijin7wth2 at 2009年02月27日 07:52
ijin7wth2さん

こんにちは
本当に月日のすぎるのは早いものですね
私もijinさんが働き盛りだったその当時の年齢の倍になりました
もう少し時間があったら、高幡不動まで行きたかったのですが残念でした
ブログお休みということで驚きましたけれど
ご様子からしてお元気だからこそのことと安心しております
気長にお待ちしておりますので、どうぞ気がかりなことを済ませ
お元気で、また素敵なお写真を拝見させてくださいね
いつもケイヨウやノアール、そしてルーシーまで気にかけて頂いてありがとうございます
皆でijinさんとの再会を楽しみにお待ちしております!
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2009年03月02日 18:04
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