2010年07月11日

「オグリの時代」

最近の出来事で、しばし感慨にふけったのは
オグリキャップ永眠のニュースでした

あの奇跡の優勝から、もう20年も経っていたのですね
そして引退後、静かに同じ時代を共に生きていたのだということも驚きでした
ちなみに前に、オグリの思い出を書いたのは4年前です

「オグリ、ふぞろい、そして80年代の・・・」

オグリ優勝の年、20代最後の年
私は京都の小さなアパレルメーカーに勤めていました
社長が毛皮の染色の特許を持っていて、バブル全盛の当時
パリコレなどにもこの技法が使われたりして
たぶん会社自体は左団扇だったと思います
ファッションウィークで、初めて香港に連れて行って頂いたのが
私の初めての海外旅行だったし、個人経営でお給料自体は安かったけれど
残業の日は、みんなで食事に行って、美味しいものをたくさん頂いたし
商品を置いていた関西四国エリアの商店や、生地問屋などへ
しょっちゅう車に乗せてもらい出かけていました

作っていたのも高級素材を使った重衣料で
当時流行っていたレリアンの商品をよく参考にしていました

この過去ログのオグリの話題で持ちきりだった忘年会・・
食事の後、祇園に繰り出し、遅くまで飲んで歌って・・
私にパターンの技術を教えて下さった東京のデザイナーさんは
越路吹雪の「ろくでなし」を・・
私は確か、中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」を・・
英国のバレエ団から一時帰国されていた社長のお嬢さんは
この染色の毛皮のコートがとてもよくお似合いで・・
こんな小さなことまで、本当によく覚えているものですね

この後、一年ほど、この会社に勤めた後、
大切に育てて頂いたけれど、30代に入った今、
狭い京都の中にくすぶっていないで、もっと大きな世界に飛び込みたいと
当時、業界一位だった企業の就職試験を受けました
その報告をしたときの一瞬の、社長の少し怒ったような寂しそうな表情も
そのすぐ後の、わかった・・という突き放したようなクールな返事も
更にその後の、いつもの頑張れという優しい笑顔も・・
そしてその後、夢のように過ぎていった
大手アパレルでの充実した日々も・・・
すべてオグリの思い出と共に、懐かしく切なく蘇ります
私を次のステップへと誘ってくれたのは
もしかしたらオグリだったのかもしれないと
大げさではなく思ったりもしています

あの後、だいぶ経ってから会社の近くに行ったけれど
古い町並みはすっかり変わっていて
会社のあった場所は、どこだったのかわからなかった
唯一、あのときの綺麗なお嬢さんが、
今は、関西のバレエ界を担うような
立派な先生になられていることだけネットの世界で知りました

同じ時代を生き、同じ時代の変遷を見つめながら
名馬として私たちに大きな感動と希望を与えてくれたオグリキャップ
ありがとね・・本当にありがとう・・

素晴らしい貴方のご冥福を改めて心より祈ります



posted by マロニエのこみち・・・。 at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースにまつわる・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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