2010年07月20日

「蛍や蛙、徒然に・・・@」

昨日の自転車のお兄ちゃんのことや
コメントを下さったsho3さんが仲間展に出されていた
幻想的な蛍の絵を見ていると、徒然にいろんなことを思い出した
今までに記事にしたこともだいぶ重なっているけれど
2、3に分け、思い出すままに綴ってみる・・・

私の育った実家は、お遍路さんの巡礼路となる阿波の旧道沿いにあった
この道路に平行し広い国道ができてからは、バスも廃線になったり
商店街も閑散とするしで衰退の一途を辿ったが
私が小さい頃は、まだまだ賑わいを見せる活気のある通りだった

ひとつ違いの弟が亡くなり、その次の年の秋、
私を可愛がってくれた名付け親の曽祖父が亡くなると
単身赴任で普段は父のいない家は、
祖母と母と私と、生まれたばかりの6歳違いの弟だけになってしまった

夜、食事をしていると、営んでいた酒屋兼、食料品兼、
田舎の雑貨屋の店の玄関の向こうで、鈴の鳴る音がする
お遍路さんが立っているのだ
いつものように、祖母が私に目配せをする
私は電気を消した暗い店に行き、
小銭の入った小さな箱から、いくばくかの小銭をつかみ
閉めたカーテンと木枠にガラス戸の玄関を細く開け
白い装束を着たお遍路さんに、その小銭を渡す
いわゆる『お接待』と言われる『施し』である
お米の入った袋を渡すこともあったと記憶している
お遍路さんは、施しを受け取ると、
一度鈴を鳴らして呪文のような経を唱える
そしてまた鈴を鳴らしながら夜道を急ぐのだ

今思えば、お接待を渡したのは、主に夜だったように思う
ツアーバスで回るような今のお手軽な遍路とは違い
昔は厳しい巡礼の旅だったのだろう
まだ夜も浅いうちに、里道を歩いてしまいたい
そんな思いがあったのだろうか
施しは、遍路町である故郷の、ごく当たり前の風習だった

通りに面して間口の広い古い家で、
店の西隣の部屋が私たちの寝起きする畳の部屋だった
もう寝ようと蚊帳の中に入った頃、母が、「見てごらん、蛍が・・」
と言った
電気を消した暗い部屋の中・・
丸い光をぼ〜〜っと放ちながら、蛍が一匹飛んでいた
何とも幻想的な光景だった

家は北向きで、旧道を挟んで北側は、ご近所の家の持ち物である広い田んぼ
家のまん前の広い田んぼの四角を囲むように、
こちらの道の南沿いには家が並び、向こう三方には農家が点在する

夏になると、主に大阪方面に出た人たちが夏休みを利用して帰省し
一緒に帰ってきた都会の子供たちが、
夜遅くまで、なにやら楽しそうに遊んでいる光景が
水を張った田んぼの水面に、ゆらゆらと映るのだ
何か非日常的なそんな様子を見ながら
こっちの心まで浮き立つようなワクワクした気分で
こっそりといつまでも眺めているのが、夏の夜の小さかった私の楽しみだった

田んぼからは涼風が吹き、ゲコゲコという蛙の合唱が聞こえた
店の門灯の下には、小さな蜘蛛がたくさんの巣を張って
箒をさかさにして巣を取ると、まさしく蜘蛛の巣をつついた状態に
小さな蜘蛛たちが散らばるので、それをサンダルの足でプツプツと潰すのも
小さな私の仕事だった
お盆には、門灯の下の両脇に、真新しい蓮の絵の描かれた提灯を吊るした

今思えば、決して普通の家族構成でもなく
賑やかな家ではなかったはずなのに、不思議に寂しさは感じなかった
でも、そんな幼い頃から、遠くに聞こえる人の声や風の音にも
郷愁のようなものを感じていたのは、私がセンチメンタルな証拠だろうか・・
盆を過ぎると、蛙よりも虫の声が高くなった
蛍はその後も、向かいの田んぼで飛んでいるのを見かけたが
それもずっと幼い頃だけの思い出で、その後、農薬などを使うようになり
いつのまにか見なくなってしまったと記憶している



posted by マロニエのこみち・・・。 at 21:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 故郷の風景(徳島のこと) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
きょうマロニエのこみち・・・。と、利用すればよかった?
Posted by BlogPetのプチマロくん at 2010年07月26日 15:30
プチマロくん、何を〜?
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2010年07月31日 09:55
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