2010年08月21日

「祝!沖縄・興南高校&幻の甲子園」

第92回全国高校野球選手権決勝戦
沖縄の興南高校、史上6校目となる春夏連覇達成
そして夏の甲子園初優勝、重ねておめでとうございます!

高校野球は、試合の間もいいですが、閉会式も本当に泣けます・・
私は仕事をしながらのラジオ放送で聴くのですが
試合中よりも、むしろ閉会式、ずっと涙が止まりませんでした
高校野球って、やはり爽やか
何だか腐った心が洗われるようです(^^;
この異常な猛暑、そして戦後65年という節目の年・・
沖縄の人のみならず、記憶に残る大会になったのではないでしょうか

沖縄県の野球の歴史は、1894(明治27年)沖縄中学(現・首里)の学生が、
修学旅行で京都の三高(現・京都大学)を訪問した際に野球の手ほどきを受け
その後贈られた用具を使い、
見よう見真似で、プレーしたのが始まりなのだそうですが、
離島であるため隣県の高校と練習試合をするにも費用と時間がかかり容易ではなく
実力を高められる環境がなかった・・・
時代の変遷を感じます

ところで、この夏で、もっとも印象的だった番組のひとつに
【幻の甲子園〜戦時下の球児たち】(NHK・8月7日放映)があります
昭和17年の太平洋戦争下、ただ一度だけ行われた夏の甲子園
「戦場に向かう前に甲子園で野球がしたい」という
選手たちの切実な思いで行われた大会でしたが
文部省主催によるもののため、記録にも残されず
また、戦意高揚のために、
投手交代は禁止(責任を他人におしつけてはいけない)
投球を避けてはいけない(特攻精神)などの特異なルールが設けられ
決勝戦に出場した京都、平安高校の富樫 淳投手は
ボロボロになるまで投げ続け、結果、対戦相手の徳島商業の優勝
富樫 淳投手は、法政大学に進学後、召集されます
そして終戦後、初めての甲子園で、平安高校は優勝を果たすのですが
なんと!そのときの監督が、この富樫さんだった・・・
という、何とも感動的な内容でした

こうして平和に球児たちが野球を続けることができ
そして、それによって、私たちが感動の涙を流すことのできる今の世の中の
平和のありがたさを改めて思う今日の大会でした



posted by マロニエのこみち・・・。 at 17:32| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュースにまつわる・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マロニエのこみちさん、こんにちは。
平安高校の富樫監督のお話、いいお話ですね!

私も小さな頃は京都府に住んでましたから、平安高校のファンだったのですよ。
と云うより、あの頃京都府では一番強かったからかも知れませんけど。

甲子園球児で記憶に残っている選手と言えばやはり太田幸司投手です。
三沢高校と松山商業戦、確か再試合も併せて45(?)イニング一人で投げ抜いたあの試合が、ラジオで聴いたにもかかわらず、印象に強く残ってますよ。
Posted by sekishindho at 2010年08月21日 23:30
sekishindho さん

こんにちは
いつもありがとうございます!
いいお話でしょう^^
実は、インタビューで出演されていた方もいらっしゃるのですが
この富樫さんは出られていなかったので
負傷して戦地に向かわれたまま、戦死なさったのかと思っていたのです
当時の文部省のやり方にやりきれなさや憤りを覚えながら観ていたけれど
最後の最後に、このエピソードが流れ、うれしそうな富樫さんの笑顔のお写真がでてきたので
ハッピーエンドにほっとしたのですよ^^
前に、ウェディングのお仕事をしたとき、待っている間の会場の廊下で
平安高校野球部のOB会の方と一緒になって、簡単な挨拶やお話をしたことがあったのですが
あのときに、このお話を知っていれば、もっと楽しいお話もできたのにと残念でした
ちょうどこの頃の部員位の年齢の方の集まりでしたから・・
太田幸司投手も、哀愁の漂う二枚目でしたね!
ただ、私は現役時代しかリアルに知らないので、ちょっと残念な感じでしたけど・・(^^;
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2010年08月22日 13:08
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