2013年11月19日

「あるフィリピンの娘のこと」


今朝は、ケイヨウを学校に送り、
帰り、コンビニに立ち寄って、
ランチ用のサンドイッチや牛乳などを買った

全部で650円程度の買い物で、1000円札を出し、
お釣り待ちの間、ふと視線を落とすと
台風で被害に遭ったフィリピンへの募金箱があったので
返金された小銭をそのまま箱の中に入れて帰ってきた

フィリピンは、行ったこともない国だけれど
ある娘を思い出すのだ

あれは、香港が返還を迎える年のこと・・・
仕事で数度、香港に渡り、時に隣の深センまで足を伸ばした
会社から貰ったチケット片手に飛行機に乗り込み
現地のスタッフに会うまでの一人旅

出張も、仕事そのものも、行く場所も
かなりスリリングだっただけに
今となれば貴重な思い出話である

行った間に出会った食物や飲食にまつわる数々のこと
それを思い返しただけでも、面白くて懐かしい

宿泊先の高級ホテルで、一人とったモーニングの緊張感
呑み過ぎて食べ損なった、
ルームサービスの美味しそうなトロピカルフルーツ
雑踏の中にある街の食堂のランチの麺
中国、深センの、殺風景な日本料理店の
干からびたような枝豆と、ぬるい燗の酒
皮を剥かれた大きな豚は、駅前の露店に並べて吊るされていた
けたたましくジープの走る砂埃の道の傍らの水浴び場で
何かを叫びながらキューリを齧る
貧しそうな下着姿の親子たち
裸電球に照らされた、角の小さな果物屋の新鮮なライチ
スタッフたちとの楽しかった中華料理の会食
ペニンシュラホテル最上階のラウンジで頂いた赤いブラッディメアリー

さて、そのフィリピン人の娘・・・
あの時、ビスタチオをつまみながら
飲んでいたのは、バーボンの水割りだったろうか・・・

季節は7月、亜熱帯の国の真夏は、耐え難いほどに蒸し暑かったが
建物の中は、どこも一様に冷房が効きすぎて寒かった

夕食の後、スタッフに連れて行ってもらったのは
原色の古びた看板やネオンが雑多に乱れる
路地の奥のスナックである

仕事終わりの開放感で、店の女の子との会話もカラオケも
男の営業は楽しそうだ
寒い室内、グラスを持つ手も凍り始め
こういうところは、女の来るところではないな・・と思いつつ
ふと視線を感じた先に、大きな瞳の娘がいた

娘は微笑みながら、
「寒くない?」
と、私の手を握り、話しかけてきた
フィリピンから、出稼ぎに来ているのだという

私はパンツスタイルに、タンクトップ
その上から長袖のカーディガンを羽織っていたが
細いサンダルにミニスカート、薄物を着ているその子の
細い指先は冷たかった

貧しい国で生まれ育ち、
教育も満足に受けていないはずなのに、
母国語はもちろんのこと
広東語、英語、片言だが日本語も話せた
客たちの様子を見て、よく気の利く応対をする

「日本語、上手ね」
と言うと
「ニホンジン、エイゴ、ニガテネ」
と笑っていた

あの娘は、いったい何歳だったのだろうか
たぶん、二十歳前後
あれから十数年の月日が経ったが
それでも、まだ三十代の半ばだろう

母国には帰ったのだろうか
結婚して、子供もできて、幸福に暮らしているだろうか
まさか、被害に遭っていなければいいのだけれど・・・

と、たった数時間の間だけ、同じ部屋にいて
手を握り合っただけなのに
あの娘の凍ったような細い指と、
潤んだ大きな瞳が忘れられない

この香港話は、テーマを変えて何度も書いてきたと思うが
それだけ私にとって印象が強かったのだ

posted by マロニエのこみち・・・。 at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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