2014年05月30日

「青春の光と影」

悲しさも虚しさも感じないと書いたけれど
昨夜の眠りは浅かったようで、頭の芯が痺れている
明日が土曜で、本当によかった

先日、ひょんなことで、手持ちのCDを、人にお貸しすることになった
世代もほぼ似ているその方から
青春時代の思い出が、蘇ってきたと喜びの声をいただいた

それらの思い出は、楽しさよりも、むしろ辛さの方が多かったようだけれど
かつての流行歌のよいところは、当時の思いや空気までが蘇り
しかも、すべてが浄化されて、ほろ苦くも美しいものに変わっていること

・・・青春時代の真ん中は、道に迷っているばかり・・・

この世の中に、明るく楽しい青春なんてあるのだろうか
少なくとも、私にはなかった
毎日が、ほとんど闇の中に埋もれているようだった
だからこそ、わずかばかりの明るさが、輝きを放つのである

否、明るいことも、楽しいことも、多分、きっとあったのだ
だけれど、不思議にそんなことは、覚えていないものである

いつからか、私は暗さを失った
そして、強くなった
・・・が、その代償に、心をときめかせることも少なくなった
暗さとは青春 ときめきも儚さも青春ならば、
私はめでたく、それらから卒業し、
本当の小母さんになったのだ




 昨夜の訃報を知らせてくれた知人も、亡くなった人も
 それよりずっと前、とっくにいなくなってしまった人たちも・・・
当時、そんな闇の中で、私に光を与えてくれた人たちだった

今思えば、彼たちも、皆、心のどこかに闇を抱えていた
そして、あんなにも、あっさりと死んでしまったのは
きっと、生に対して、執着がなかったのかもしれない
もしかしたら、命を落とすまで、青春の最中にいたのかもしれない



まだ若かった人たちの、元気だった姿を思い出していると
きっと今頃

「やぁ・・Aクン、やっと来れた。来れました。」

と、顔を、くしゃくしゃにして笑いながら手を挙げている・・・
特徴のある歩き方までが目に浮かび
声も、喋り方までもが、聞こえてくるようだ



むこうでは、案外楽しくやっているのかもしれない
明るく楽しい青春を、やり直しているのかも・・
一切の生きる辛さやむなしさから開放されて・・・

遺されたものは、ただうろたえている
でも、もしかしたら、多分、きっと・・・
悲しまなくてもいいのかもしれない

昨夜はずっと、水の淵に逝ってしまった人の歌声を聴いていた・・・




posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:14| 京都 | Comment(2) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
京都での自らの青春時代を思い出し、しみじみと共感してしまいました。

暗さを失って、そして強くなった。
その代償に心をときめかせることもなくなった。
…そして、ほんとうのおばさんになった…

そんなことを、ワタクシも薄ぼんやりと感じている(思い出す)この頃。

若い時は、身体の傷は早く癒えるが心の傷はなかなか癒えない。
歳をとると、心の傷はすぐに癒えるが身体の傷は治りにくい。

そのことをさみしく実感するのです。
ちょっと切ない…かも。

Posted by 文庫あるじ at 2014年05月31日 22:07
文庫あるじさま

こんにちは♪
コメントありがとうございます♪

あるじさまの京都での青春時代も、お暗かったのでしょうか?
そして、今も同じようなことを思っておられると?

よかった。。。
共感して下さる方がいると、ほっといたします(爆 (^m^v)
いえいえ・・。ま、ジョーダンなんですが・・・^^

でも、あの頃は、暗さを笑いのネタにできるような文化(ジョーク?)が
まだ世間一般に浸透してなかったですよね
暗いのは、悪・・みたいな。。。
これが青春だ!みたいな・・・
だから、明るくなれない自分に益々落ち込んで・・・(^^;

本当に、いつから強いおばさんになったのでしょうか。。
それさえも、もはや不明です(笑


それにしても、下4行、5行の文は流石ですね
ホント、確かにおっしゃるとおり!
私も実感しております!(座布団10枚差し上げますよ〜〜〜♪(^^ゝ

Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2014年05月31日 23:38
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