2015年03月11日

「再び、荻窪の寺と柿の木にまつわる・・・」

3月11日・・・
我が家で、震災以来変わったこと・・・
TVのニュースや、報道系の番組を、一切観なくなりました
本当に知りたいのは、今現実に起こっている真実・・
単に不安を煽り立てるようなマスコミの情報には辟易してしまい
ただでさえ、情報に溢れている現在、小さなラジオひとつあれば
十分ではないかと思ったから・・

改めて、震災で亡くなられた方のご冥福と、
今も尚、辛い思いを抱えておられる方々の、
ご健康と、ご多幸を祈ります


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



さて・・・
最近・・・というよりも、実は今朝、長年知りたかったことが判明し
ちょっとしたうれしい気分になっている・・

ずっと欲しかった本が、ネットでみつかったので
購入した先の住所を見て・・・・・ ?!
見覚えのある字!
あの時、滞在した町の名前は、ここに違いないと確信した

ネット社会の昨今、頼りになるのがGoogleマップである
路地まで入ることができなかったり
隣の家が映っていたりと、完璧とはいえないまでも
ある程度の土地勘はわかる

従って、その見覚えのある字を入力し
地図に戻って、その辺りに、寺がないかを探してみると・・・・

あった・・・・!

小さな寺、大きな柿の木のある中庭
その離れの、滞在していた二階建ての小さなアパートは、
いまやすっかり無くなって、
ありふれた新しい建物一つに変わってしまってはいるけれど・・・


何故、わかったのかといえば、看板である
・・・と言っても、すっかりこのことは忘れていたのだけれど
寺にしては何だか不釣合いな、単なる細長い縦型の白い看板に
名前を入れただけのものが、建物のある四辻の角に、無愛想に建っていて

実は由緒ありそうな、この寺に不釣合いなこの看板は、
あまりにもぶっきらぼう過ぎて、何だか少しヘンだな・・・と
30年前に思った違和感が、
すっかり様変わりした街角に、そのままある今の姿と
ようやくリアルに繋がったのだ・・・


その記憶を記した記事はこちら・・・
古い読者様には、もう何度目にもなるはずの、
私の青春話である・・・




ついでに、自転車の後ろに乗せてもらって行った
銭湯もどこかにあるかも・・・二高の前を通って行くと
もしかしたらと思ったが、あいにくそれほど暇な時間はないし、
きっと多分、もう無くなっているかもしれない

地図を見て思うのは、荻窪よりも、むしろ阿佐ヶ谷の方が近いのに
何故、荻窪で降りていたんだろうということだけれど
荻窪の駅前も、随分と変わったことだろう・・・


とりあえず、こうして懐かしい看板を見て
久しぶりに、古い記事を読んで、なんとも懐かしい気分に浸れた
それだけで十分である

昨日の記事で、私はあれらの曲を聴けば、高三の頃に戻れると書いたが
この地図の場所を「お気に入り」に入れて
時折、この看板を眺めてみれば
私は、あの人生の岐路となった24の初秋の頃に
いますぐにでも、戻ることができるのである・・・



東京といえば、先月の旅行の際、
夢二美術館前の、みなと屋さんで頂いた
アールグレイがあまりに美味しかったので
あれ以来、珈琲よりも、お紅茶を飲むことが多くなった

昨日、お客様が来られて、手土産に、
とても美味しいバームクーヘンを頂いた
アールグレイを入れていただくお菓子と、懐かしい青春の日々への思い
久しぶりくらいに充実した至福のときである

こういうことをしていながらも、どこかで心が痛むのは、
4年前の今日に、悲しい出来事があったからである
もしかしたら、あの寺が、あまりに殺風景な姿に変わったのも
あの震災後だったのかもしれないと思ったりする

posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:42| 京都 ☀| Comment(0) | 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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