2009年03月01日

「極私的なレトロ東京物語…弥生美術館」

いよいよ目的の弥生美術館へ・・・
場所と環境、建物の雰囲気、そして企画の内容も
全て感性をくすぐられるものばかりで
東京に訪れたら素通りすることは出来ない
大切なスポットになってしまった

今回開催中の展覧会は、
昭和初期、彗星の如く現われて、挿絵界に旋風を巻き起こし
34歳で夭折した挿絵画家、小林秀恒

同館内にある竹久夢二美術館の夢二と華宵
隣接の立原道造記念館
私が乙女の頃から恋焦がれている人の作品ばかりが集約されていて
限られた時間内で観なければならないことが
いつも不満の材料になる

傘をたたんで美術館に入ろうとすると
ニャーニャーという可愛らしい猫の声が・・・
小雨に濡れながら入口の隣の植え込みの中に座り
こちらをじっと見ながら鳴いている
ふっくらとした可愛い三毛猫である
そのままゆっくりと石鉢の縁を歩き、水を飲みだした
夢二の黒猫を思い出した・・・

小林秀恒の上品な美男美女の絵、文献、写真の数々
短い期間に燃え尽きた輝かしく華やかな人生に思いを馳せる

最後に夢二美術館で開催中の【乙女に寄せるメッセージ】の
レトロ感溢れる素晴らしい文章を読んでいるとき
蓄音機型のプレーヤーから、【宵待ち草】の音色が低く流れた

平日の午後なので、部屋は他に中年の男性が一人だけ
館内は、微かにカサブランカの花を思わせるような
清潔な空調の香りが漂っている
木の床が静かにキシキシと鳴る
部屋を独占しているような贅沢さ
充足感に満たされる・・・

未だ入ることの出来ていない入口の【夢二カフェ・港や】
これは次回の楽しみに・・・と思いながら館を後にしようとすると
またさっきの三毛猫が鳴く

この猫は、人に慣れていないので
不用意に手を差し出すと、
引っ掻かれたり噛み付かれたりします

といった内容の張り紙がある
ふっくらとして毛並みもいいので
餌もちゃんと与えられているようだ
人とうまく距離をおきながらも自分にふさわしいここに
自分の仕事と居場所を見つけたのだろうか
雰囲気作りに十分一役かっていて
うまく共存している猫ちゃんである

今度訪れたときも迎えてくれるだろうか・・・
隣の白い壁の瀟洒でレトロなマンション
いつかゆっくり回りたい根津の町並、
更新館の周りのアパート
セツの近くの小さなハイツ

若い頃、出来なかった夢
東京で再びケイヨウと住み、セツに通い仕事をする
それも案外ありだなと、この猫を見、ふと思う・・・

お隣の立原道造記念館に行く
残念ながら、もう、時間がない
5時の新幹線には乗らなければ・・・
ぎりぎりの抵抗で、記念館の入口すぐのミュージアムで
道造のパステル画のハガキを買う
建築画のスケッチは、詩集の中でも見たけれど
色の付いたバステル、
それもこれだけの種類を目にしたのは初めてかも・・・
なんという私好みの絵なんだろう
好きな文を書かれる人の絵は、やはり好きな絵
嬉々としてハガキを購入し、今回はこれでなんとか欲望の虫を抑える

帰りは地下鉄千代田線、根津駅から御茶ノ水
そして東京駅へ・・・
ささやかな旅だったが、それなりに充足できた

京都に着き、JRで最寄り駅へ・・
こじんまりとした静かな京都
さっきの思いはまだありつつも、
いつもの街の穏やかさに、いつも以上の安らぎを感じた・・・

posted by マロニエのこみち・・・。 at 13:16| Comment(12) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月27日

「極私的なレトロ東京物語…本郷」

新宿線・曙橋から市谷に戻り、飯田橋へ・・
そこから更に南北線に乗り換えて、東大前にて下車
目的は、本郷の弥生美術館である

地下鉄改札を地上に抜けて歩き出すと
ここで思いがけないプレゼントが・・・
【旅館・更新館】の看板を見つけたのだ

実は、前回、弥生美術館に行ったのは4年前の6月
昨日のセツ先生の回顧展が目的だったのだけれど
あのときは、泊まりを予定していた
予約を取った旅館は、向丘2丁目東大農学部隣、この【更新館】

結局、東京在住の友達の家に泊まらせて頂くことになり
旅館はキャンセルしたのだけれど、何故この旅館なのかというと
私が高校のとき、修学旅行で泊まった旅館だったからだ
4年前は、どこかの駅から、弥生美術館まで
東大のキャンパスを抜けてタクシーで行ったので
更新館と、美術館が、こんなに近くにあることに気づかなかった

看板の矢印に沿って歩くと、
静かな民家やお寺の並ぶ細い通りの奥に
旅館はひっそりと建っていた

そうそう・・・ここ!ここだった・・・♪

泊まったのは、もう30年以上も前のこと
思っていた以上にこじんまりとした旅館だったけれど
今でもしっかり当時のままで残っていて
営業もされていることがうれしかった
検索すると、創業は1948年(昭和23年)とある
隣接する民家の佇まいも、多分同時期に建てられたであろう
昭和の匂いがプンプンする懐かしの文化住宅♪

今の京大の学生さんたちは
私の持っているイメージを裏切ってほとんどが
ワンルームの新しくお洒落なハイツに住んでいるようだけれど
東大生は今でも、もしかしたらこんな文化住宅の一室で
バンカラな下宿暮らしをしているのではないか・・・などと
有り得ない妄想をついしてしまうのだった・・・;

そういえば、あの修学旅行、一泊後に旅立つ朝
旅館でアルバイトをしていた素敵なお兄さんに
昨日一緒に自由行動をした友達と二人で
『サインしてください〜』
と、お願いした(^^;
差し出した紙は、
旅館の名前の書かれた朝食の割り箸の袋だった(^^;

その素敵なお兄さんは戸惑って
『お前、先に書けよ』
と、隣にいた友達を肩で突付いて無理やり先に書かせていた
『ボク、サインなんてしたことなんてないよ〜』
とかなり照れながらうれしそうに、DAIGO風の長髪の友達が
【しら●しあきら】となよなよした字で書いてくれたのだけれど
『このお兄さんのはどうでもいいんだけどな〜まいっか・・』
なんて、乙女心はドライだった(^^;

その後、ボールペンの達筆で
【神 聡(じん さ●し)】
と書いてくれたのだ

神さんは、知的で落ち着いた雰囲気の男性だった(♪
そう、当時の私は大人が好きなのだった・・・;
二人は隣の農学部の学生さんだった
私は大満足して、確か
『頑張ってください〜〜』(^^v
と言ったと思う(^^;

今はどうなさっているのでしょう
当時は随分年上の大人なお兄さんのように思ったけれど
今思えば、4、5歳くらいしか違わなかったのですね
でも、この年頃にとっての4、5歳の違いは大きいです
もしも、このブログの読者さんだったりしたら・・(^^;
それにしても、名前も字体もしっかり覚えているなんて
若い頃のどうでもよいような記憶力は必要以上に鮮明です(笑

東大キャンパスの隣を歩きながら、あの修学旅行の夜
門限に間に合うように必死で旅館を探しているとき
歩いていた王さんによく似たオジサンに道を訊いた事
どこかの路上で、お兄さんがアクセサリーを広げて売っていたので
友達と二人で木彫りの小さなネックレスを買って、
その裏に名前を彫ってもらったことなどが蘇ってきた
あれはどの通りだったのだろう・・・

そんなことを色々思い出しながら、思いがけないおまけに満足し
雨の中、次なる目的地である美術館に向かったのでした・・・♪

posted by マロニエのこみち・・・。 at 09:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月26日

「極私的なレトロ東京物語…舟町」

有楽町線から市谷で都営新宿線に乗り換え、曙橋で降りる
改札を抜け、出口に向かうと、階段の脇にセツの看板が掲げてあった
前に来た時は、確か、なかった

NHK【夜は胸きゅん】のミニドラマの舞台になった
あの24歳の故郷でのひと夏の後
東京で行われたデザインコンテストのために上京し
当時憧れだったセツ・モードセミナーの見学に行った
あれがこの街を訪れた最初だった

あのときは、一緒に東京に来た友達を誘った
確か地図もなく、本に書かれていた場所の描写を頼りに
あちこち歩き回りながら探したと思う
そしてふと目の前に、
あの白い瀟洒な建物が突然現れたときの感動
思わず二人で写真を撮りあった・・・

最初に訪れたときと同じ白い建物
ハンバーガー屋さんの角を曲がると駅の看板には書いてあったけれど
まさかこの細い通りに、
あのモンマルトルのような坂があると思えないので
危うくまっすぐ坂を上り、新宿通りまで出てしまうところだった
駅から2分と書いてあったので、
なんとかその間違いを起こさずに済んだ

学校の創立者である尊敬するイラストレーター
長沢セツ先生が亡くなられてから、6月でもう10年になるはずだ
それでも学校は、何事もなかったかのように続けられている

入口のギャラリーに、生徒さんの作品が並べられていた
静かな空間を独り占めしながらゆっくりと作品を観る
其処には、私のスタイル画の師であるT先生の絵と同じ
セツ先生の画風を踏襲した洒脱な絵があった

私の師事したT先生は、まだこの舟町に学校が建つ前の
高円寺のサロン・ド・シャポー内
【節スタイル画教室】時代の卒業生である

T先生が講師をされていたYMCAスタイル画教室に入ったのは
当時、この教室からはコンテストの入賞者が多数輩出され
その後、デザイナーとしても大成するという評判が高かったからで
その意味では、セツと同じだった

だからと言って、普段は何を教わるわけでもなく
私のように専門学校でスタイル画を勉強した後に入った生徒などは
ただ描きたい絵を教室でぼんやりと描いているだけだった
否、描くよりも、
先生と他愛ないお喋りをしている時間のほうが長かったかもしれない

教室が年に一度、それらしい雰囲気に活気付くのは、
秋に行われるコンテストの締め切り前
提出するデザイン画を、どのような表現で描くのが一番効果的か
それを先生に教わるときだった

普段は太った痩せた・・の話ばかりしているT先生も
その時期だけは熱心だった
時には教室の締切時間がすぎても
特別に館長さんにお願いして開けて頂き
そんな時は、先生お手製のおにぎりが、生徒たちに配られるのだ

最初は美人でとっつきにくい先生だった
口数が多いわけではなく、
品定めするような好奇心に満ちたクールな目で
描いている生徒を、見下ろしているような雰囲気があった

でも、実際のところ、動物が好きで子供が好きで
愛情に溢れた温かい先生だった
太った痩せたの話が好きだったり
コーヒーに大量のお砂糖を入れて飲むのは、
セツ先生の影響だった・・・

一通り、絵を観た後で、階段を上り学校の中に入る
セツ・コーヒーで、100円のカフェオレを注文し
椅子に座り庭を眺めながら、コーヒーを頂く
私も普段は入れないお砂糖を入れる
コーヒーを注文したカウンターの壁には、あの有名な
『下品な缶コーヒーは、セツに持ち込まないで下さい』
という先生直筆の張り紙が、
経年の黄ばみとインクの退色を残しながら貼られている・・・

もうすぐ授業が終わるので、見学が出来るという
他にも高校生風の女の子が、親同伴で来られていた
私にも声をかけて下さったけれど、時間がないのでお断りし
購買で80円の練り消しゴムを買って外に出る

24歳の当時、私は京都に残るべきか、東京に出るべきか迷い
結局、京都を離れることが・・・というよりも
当時付き合っていた、後に主人となる人を残し
東京に出てゆくことが出来なかったけれど
京都で師事した先生方は、
皆、熱心で誠実で一流だったと今になり思う

もしもあのとき、東京に来ていたら・・・
そしてセツに通っていたら、私の人生は変わっていただろうか
そんな通り一遍の感傷的な絵空事も、今はもはやどうでもよかった
何故なら、セツを訪れても、若い頃から抱いていた
生徒たちに対する羨望の気持ちは起こらなかった
私も一時期が過ぎ、落ち着いたということだろうか

ただ、尊敬する師であるセツ先生の匂いの残る学校が
まだこうして存在することがうれしかった
先生は亡くなられても、夢や希望に満ちた自由な空気と
画風は継承されているのだ・・と感じた

「あなた、前にも見たことがあるわ
・・・そうなの K子の教え子なの
彼女はね、当時はとてもふっくらしていたの
だからね、決してモデルにはしたくなかったのよ」

階段を降りる私の耳に、
にこやかなセツ先生の声が聞こえたような気がした・・・

posted by マロニエのこみち・・・。 at 11:09| Comment(6) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

「極私的なレトロ東京物語…有楽町」

東京駅に到着し丸の内線に乗り換え有楽町で降りる

有楽町は新しいビルが建って、随分変わったと訊いていたけれど
もとよりこの町の姿に詳しいわけではない
メトロに乗り換えるために外に出たときの、煤けたガード下の風情や
その脇で、黙々と客の靴を磨く小父さん達の姿からは
まだ懐かしい昭和の匂いがした

メトロに通じる真新しいビルに入ってみると
雑然とした小さな洋品店や、流行らないセール会場
あるいは身内しか立ち寄らないような雰囲気の
日曜画家の絵画展などがひっそりと催されていて
新しいビルの、癒しのイメージ作りのために
通路に面して小奇麗に並べられた数々のガラスの水槽の
モダンな雰囲気がまるで台無しになっている様は
いかにも大都市の雑居ビルの中に共通して漂う
統一性のない怪しげな匂いがして、これも面白く私の目には映った

携帯電話を見ると、時刻は11時半
早めの昼食をとるために、飲食店の並んでいる通路に入った
何を食べたいわけでもなく、ぼんやりと歩いていると
『・・・おふくろの味・定食650円
・豚のしょうが焼き、カレイの煮付け、モツ煮込み等々・・・』

カウンターと、テーブル2、3席程度の小さな店である
昼前のせいか、まだ客も少なかった
カウンターの一番手前に、半袖のスモック型の制服を着た
中年女性の先客が座っていた
私はその隣に腰を下ろし、生姜焼き定食を頼む

カウンターの前には、魚などを並べるまだ空のガラスケース
そしてその奥の壁面の棚には、
名前の書かれた焼酎の黒い瓶が並んでいる
昼は定食屋、そして夜には、居酒屋に変わるのだろう
焼酎の上の段には手作りの目隠しのカーテンがかけられ
わずかな隙間から、雑然と置かれた箱や書類の束が見えている

定食が運ばれるまでの間、店内のメニュー書きや
そんな店の様子をそれとなく観察していると
隣の女性客と、店主らしいカウンターの中の女性が話し出した
女性客は、多分、このビルの中で働いている常連客だろう

朝は駅まで自転車で来るのだけれど、今日は雨で大変だった
家から駅までは坂なの
そうなの 私は朝6時には築地に行って、仕入れをするのよ
自転車には乗らないわ・・・

そんな他愛のない話だけれど、この人たちは多分
週に何度かはこんな話をし、同じビルの中で働き
仕事を終えると、東京の空の下の
どこかの街にある、いつもの家へ帰っていくのだろう

家族はいるのだろうか
いるとしたら、何人?
もしかしたら、一人暮らしかもしれない
あるいは、同じような境遇の女性二人で
住んでいたりするのかもしれない・・・
ここで働く前は、何をしていたのか
どこで生まれたのか
今、どうしてここにいるのか・・・

同じく、私がどこから来たのか、どうして今ここにいるのか
知っている人は誰もいない
たまたま今、こうして小さな店で
同じ御飯を食べている知らない人同士

そんな不思議な小さな空間
奇妙な思い、人恋しさ・・・
大都会でしか味わえない、このザワザワとするような感覚を
久しぶりに味わいながら前に置かれた定食に手を伸ばした
生姜焼きは、ふっくらとして美味しかった・・・

posted by マロニエのこみち・・・。 at 23:34| Comment(10) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月02日

「両手いっぱいの花束…F」

U君がアパートに来ていつも私に言っていたこと・・・

「●●さん、早くもっと綺麗なところに引っ越してください。
こんなボロアパート、●●さんには似合わないから・・・」

そう・・・
あのボロアパートの立ち退きが、
彼が時々来るようになってから、まもなく決まったのである
老朽化が著しかったので、
家主さんは更地にして駐車場を作ることに決めたのだった
新しく越した部屋は、
バイト先のブティックの奥さんが、紹介してくださった

U君のイメージする綺麗な部屋に
当てはまったのかどうかはわからないけれど
今度は文化アパートではなくて、
五条に近い酒問屋の倉庫の3階にあり、
内風呂はなかったけれど、今のような共同トイレではなくて
建物自体も鉄筋だったし、今までの6畳に、
3畳の台所一部屋が新しく増えた
商店街にも近くなり、明るくて、風通しのよい部屋だった

あの後、U君は、いったいいつあのアパートを訪れたのだろう・・・
私に愛想を尽かし、あれ以来、来ることもなかったならば
それはそれで・・・否、それでよかったのだ
私はそうするために、U君に冷たくしたのだから・・・

でも、彼は多分、来ただろう・・・
うれしそうに、セーターを着て、いつもよりもお洒落をして
新しく買った靴などを履き、訪れてきたのかもしれなかった

アパートは、まだ残っていたのだろうか
それとも、更地になった後だったろうか

この引越しは、青天の霹靂ではあったけれど、
私は彼に、さよならを告げなければならないという
一番厄介な事柄を、しなくても済んだのである
残酷で狡い方法ではあったけれど、
本気で断ち切る方法は、それ以外に浮かばなかった・・・

〜私は、あなたがもっと大人になって、
大好きなただ一人の人に出会い
その彼女を愛することの喜びを知ったときの
あなたの姿が見てみたいの〜

U君と過ごした夏の夜、私は彼にこう言った

そう・・・
彼の愛の対象は、私でなくてもよかったのである
私ではない誰か・・・
可憐で彼のことを心から愛してくれる可愛い女性
そんな人に彼がめぐり合い、幸せそうに街を歩いている姿に
私はふと、出会ってみたかったのだ
声もかけず、ただ通り過ぎるだけでよかった・・・

無垢で、繊細な心を持った少年が青年になり
愛と優しさと苦しみを知って
逞しく成長したその姿を、私は見たかったのである

あの時、不思議そうな目をして、私をじっと見ていた彼は、
今もこの言葉を覚えているだろうか
何も言わずに行ってしまった私のことを、
彼は恨んでいるだろうか
それとも、もう、私のことも、あの頃の出来事も、
とっくに忘れてしまったろうか

その後、U君が京都でも有数の、高名な老舗企業に就職したと、
かつての同僚から知り、安堵していたのだけれど
高卒では現場の仕事で辛かったのか、
2年も経たないうちに辞めてしまい、
また元のレストランに、戻ってきたという噂を聞いた

あれからもう20年以上が過ぎた
バブルの波に呑みこまれ、
閉店を余儀なくされた老舗店が、京都にもたくさん出たけれど
あのレストラン・Kも、そのうちのひとつになってしまった
建物だけは、別の業者が譲り受け、
今も少し形を変えて残っているけれど
気のいい同僚たちやマネージャーやシェフの人達
そしてU君の行方がどうなったのか、私は知らない

彼は今、愛する人のそばにいるのだろうか・・・
可愛い子どもにも恵まれたろうか・・・
安住できる居場所を見つけ、元気に仕事をしているだろうか・・・

もし、街ですれ違っていたとしても、
もしかしたらお互いに気付くこともなく
通り過ぎてしまったのかもしれない

でも、私は・・・
あんな別れ方しかできなかったあの無邪気で淋しがり屋の少年を、
私を慕ってくれたU君を、本当は今でも愛している

そう・・・
いつも私を驚かせてくれた愛しいあの少年を・・・
未完成な美しい肢体を・・・

そして私が思い描いていた未知の青年に、
私はまだ恋をしていて、
あのとき完結していなかったものが、
むせるような花束や、金木犀の甘い香りや、秋の風に触れるたびに
今頃になってくすぶりだし、私を苦しめるのである・・・
         
                  ・・・完

****************************

この物語は、妄想癖のある作者によるフィクションで、
人物その他は実在せず、事実とは異なりますので、
ご了承願いますm(_ _)m

posted by マロニエのこみち・・・。 at 04:32| Comment(20) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

「両手いっぱいの花束…E」

U君は、その日の夜のバイトの帰り、アパートに来た

「ありがとう。こんなたくさんのお花貰ったの、私はじめて…。」

「こんなので本当によかったの?
僕、花を選ぶのなんて初めてだし…。
新聞見たら●●さんの名前が載ってたんでびっくりしたよ。
だから何かしたかったんだ。
それに、僕も手伝った服が賞をもらえたなんて、すごくうれしい。
新聞も残してるんだ…。」

私はU君の紅潮した頬と、
太い関節と青い血管の浮き出た、長くて綺麗な指を見ていた
今、ここで彼を抱きしめたら、彼はどんな顔をするのだろう・・・
彼の孤独が、少しは満たされるのだろうか・・・
でも、やはり、それはできない自分がいた

その日以来、U君は、ときどきバイトの帰り、
アパートを訪れてくるようになった
私がレストランのアルバイトを辞めたので、
会える場所は、ここしかなくなってしまったからである
U君が来ることは、嬉しくないわけではなかったけれど、
彼はまだ高校生で、真っ直ぐすぎる性格だから、
嬉しさよりも、罪の意識のほうが勝り、怖くなるのだった

これ以上、U君と親しくなれば、彼のために良いわけがない
そしてなによりも、私はやはり、
このことを何も知らないEのことを愛していたのだ・・・
Eに対しての後ろめたい思いが消えなかった

3度目の夜から、私はU君が来ても、
あまり歓迎していない風な、素っ気無い素振りを見せた
敏感な心を持ったU君は、私の変化にすぐ気付いたようだった
だから彼もまた、強情なまでに、何気ない振りを装っていた
なのに彼は、私にそんな素振りをされても、来ることをやめなかった
玄関から階段を上がる前に大きく声をかけ、
私の部屋の扉をノックすると、
開いた扉の外に立ったまま、入ろうともしないのである

彼の心の中は、透明なガラスの中の風景を見るように
あまりにも鮮明で、わかりやすくて、
素直な少年が心の中に、頑なな暗い影を落とすたびに、
私は罪を感じて苦しくなった

「これ、古着屋さんで見つけたんだ。」

その日、U君は、茶系のツウィードのジャケットを着て現れた

「よく似合ってる。大人に見えるわ。」
「ほんと?もっとたくさんバイトして、お金貰って、
もっと色んなものが欲しいんだ…。」

彼は私に褒められ、うれしそうだった
でも本当に、渋いジャケットを着たU君の姿は、
今までで一番大人に見えた

少年は、早く大人になりたくて、今は背伸びをしているけれど、
もう、やがてまもなく、本当の大人になるのだろう・・・
彼の物質的な欲望も、彼の若さと大人への過程の象徴なのだ

レストランで、一緒にバイトをした平和だったあの頃・・・

黄金色に色づいた街路樹の銀杏を窓越しに見ながら、
二人でテーブルを整えた昼下がり・・・
ステーキを焼く煉瓦造りの釜戸の前で、
キャンドルに照らされた恋人たちを二人で見守った静かなイブの夜
銀のフォークやナイフをリネンで磨きながら
他愛無い会話に笑った日々・・・

U君の荒削りな若さに接していると、
うら寂しく荒みかけていたあの頃の私の心は満たされた
そして、いつの間にか、私は本気でU君に恋をしたのだ
今目の前にいる、6歳年下のU君自身に・・・
そして将来、優しさと強さを持った
素敵な大人に成長するであろうイメージの中のU君にも・・・

「Sちゃん!!」

私は、『帰るよ・・』と、いつものように
不愛想に帰ろうとするU君の背中に声をかけた・・・

「・・・?」

「Sちゃん・・・もしセーター編んだら着てくれる?」

U君に似合いそうなブルーグレーの毛糸を見つけたのだ

「え!? セーター?
・・・僕、手編みのセーターって着たことないです。
●●さん、作ってくれるの?ほんとに?!」

私の突然の優しさに、彼は無邪気に喜んでいた

「危ないから気をつけて帰るのよ。」
「うん。楽しみにしてるよ!」

セーターが完成した日・・・
彼はセーターを着て、いつもより、はしゃぎながら、
いつも以上に乱暴にバイクに乗り、
照れたように手を振りながら帰っていった・・・

あれからもう何年になるのだろう
あの日が、彼と過ごした年月の、最後の日になってしまった
何が起こったわけでもない
私はその後、引越しをしたのである
U君には言わないで・・・
引越し先は、そのアパートの
二筋しか違わない同じ町内だったのだけれど・・・

                 ・・・続く

posted by マロニエのこみち・・・。 at 00:00| Comment(12) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月31日

「両手いっぱいの花束…D」

ショーは無事終了し、私は初めてのコンテストで入賞した
絵の先生のご紹介により、
デザイン協会のメンバーでもある先輩のブティックで、
アルバイトをさせていただくことも決まった

めずらしく、何もない昼さがり・・・
久しぶりに静かな秋の陽をガラス越しに浴びながら、
そして時折、窓の隙間から漏れてくる
物憂げな金木犀の甘い香りを楽しみながら
私は一人、アパートの二階の自分の部屋で、
特に何をするでもなく過ごしていた

近所の置屋さんからは、芸妓さんの練習なのか、
三味線の音がのどかに聴こえてくる・・・

そんなときだった
階下に車が止まり、玄関の扉を叩く音がしたのは・・・

「●●さ〜ん、お届け物ですよ〜」

わたし?・・・なんだろう?
階段を降り、扉を開けると、目の前に現れたのは、
外で立っている男性の上半身がすっぽりと隠れてしまうほどの
大きな大きな花束だった・・・

受け取ってカードを見ると、
『おめでとう!』と一言のメッセージが・・・

それは、U君からの花束だったのである
両手を広げても余りそうなほどの、
本当に大きな大きな花束・・・

その頃の私は、殺風景な部屋に住んでいて、
こんなにたくさんの花を生ける花瓶など持ってはいなかったので、
洗濯用のバケツに水を張り、その花束を投げ入れてみた・・・

カーネーション、カスミソウ、菊、百合、薔薇・・・

花の種類はとりとめがなく、
色合いも、近頃できたお洒落な花屋さんのように
気が利いたものではなかったけれど、
そのとりとめのなさや見当違いな程の大きさが、
いかにも不慣れな少年が選んだ
初めての花束だということを表していた

〜あの子・・・こんなことにお金を使って・・・〜

U君は、高校の放課後は、毎日、レストランで働いていた
学校や自宅のあるD町から、
レストランのある四条河原町は決して近くない
でも土曜日の昼からも、そして日曜も休むことなく、
ほとんどの時間をアルバイトに費やしていたのである

「疲れないの?遊びたくならないの?」
「うん・・大丈夫。それよりも、お金が欲しいんだ。」

U君は、いつもそう言って笑っていた
その表情に卑屈なところは微塵もなくて、
ストレートに返ってくる言葉が気持ちよかった

小さい頃から母親の姿を見てきたから、
働くことは当たり前のことだったのか・・
あるいは彼は、母親の認めたくない女の部分や、
自分に対する思いが重すぎて、
早く実家から自立したいと思っているのかもしれなかった
彼のそんなある種、達観したような醒めた部分や、
時折、聞かせてくれた私生活の一部などは
一見もっと成熟したように見える同世代の男の子たちよりも、
本当はずっと大人だったのである

花屋を見つけた彼が、意を決したように中に入り、
照れ臭さを誤魔化すために、素っ気無く無愛想な顔をして
手当たり次第に花を選んでいる、ぎこちない姿を思い描いた
そして、花屋さんを出た後の、茶目っ気のあるいつもの顔も・・・

そしてその後、ぼんやりとU君のことを考えていたら、
ふとした瞬間に垣間見せる
横顔に潜む寂しげな影を思い出した
苦しさや哀しさを打ち明ける人のいない、
膝を抱いた孤独な少年の姿を・・・

私は、U君を、ショーに呼んであげなかったことを・・・
そして自分でも気付かぬうちに、
彼の中に入り込んでしまった自分自身を激しく後悔した

窓の外の金木犀の香りと混ざり合い、小さな部屋に漂っている
むせ返るような花の匂いが苦しかった・・・

                ・・・続く

posted by マロニエのこみち・・・。 at 00:04| Comment(10) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月30日

「両手いっぱいの花束…C」

服を完成させるため、
私は休みをたくさん取らなければならなくなったし
そろそろ服飾の勉強になるような職種のアルバイトを
始めたくなっていたので、
8月いっぱいで、永い間お世話になったレストランのアルバイトを辞めた

服が完成したとき、私はU君に、住んでいたアパートに来てもらった
服を一式着てもらい、確認がしたかったのである
U君が来たのは、仕事の終わった夜の9時過ぎだった
ショーのために、大きくデフォルメした服に仕上げたためか
彼は、初めて着る服の感覚に驚き、興奮していた

「すごい!こんなのが仕上がったんや・・・。
僕もうれしい!それにこれ着てると、
なんだか体が大きくなったみたいで気持ちがいい。」

U君は、服を着たまま、M町の真っ暗な狭い路地の南北を、
走りながら行ったり来たりし、
声を上げながら、はしゃいでいた・・・

「あんまり走らないでね。静かにしなさい。」

そうたしなめてはみたけれど、
無邪気に喜んでいるU君の姿を見ているのが楽しかった
こんなに喜んでくれるのだから、
本番のショーに招待してあげればよかったのだけれど、
ショーにはEを誘っていた

Eに対するU君の思いも知っていたし、
U君の私に対する憧れのような気持ちや、
健康な少年なら誰でも持つ、
目覚めたばかりの未知の欲望にも気付いていた

Eと一緒にいる姿をU君に見せて、傷つけたくはなかったし、
何も知らないでいるEの姿を、U君に見せたくはなかった
二人とも、私の大切な人・・・

そして何より、EとU君が、私を介して同じ場所にいることを
想像したくはなかったのだ
私はU君といると、自分自身の中にある汚くて狡い女の部分と、
身勝手な大人であることを認めなければならなかった
そして、そのことが、私自身をも傷つけていた・・・

「お店の人達、皆、元気にしているの?」
「うん。Tさんはあいかわらずだし、マネージャーは・・・。」

と、しばらくは懐かしい話が尽きなかった
頬を高潮させた嬉しそうなU君の顔は、
やはり変わらずに、無邪気な少年のままだった
でも、私に話をすること以外に、
U君が何を微かに期待しここに来たのか、
それは私にもわかっていた

でも、それを口にすることはできなかったし、
気付かない振りをしなければならなかった・・・

「もう遅いから、そろそろ帰らないとね。」
「・・・うん・・・。帰るよ・・・。
母さんにも、また叱られるし・・・。」

風船がしぼむように萎えてゆくU君の感情は、
彼がいくら取り繕って平静を装っても、明らかだった
私はその一部始終を、心の中で密かに、でも細やかに観察した
自分を慕ってくれる純粋で美しい少年の哀しみは、
おなじく私の哀しみであり、苦しみでもあり、
そしてまた、別の残酷な心を持つ私の、
何よりの至福でもあったのである・・・

彼はそんな私の思いには全く気付かず、
名残りを断ち切るように、元気よく外に飛び出していった

「気をつけて帰りなさいよ。」
「うん!ありがとう。」

U君は、あれから原付を買ったのだ
必要以上にエンジンをふかし、爆音を立てて走ってゆく後姿
U君のどんな表情も動作も、私には眩しくて、
その余りある若さが煩わしくもあり、でもやはり愛しくて、苦しかった

〜あの子とは、いつか本当に別れなければならない〜

そんなことを思いながら、私は遠く離れてゆくエンジンの音を聞いていた
空を見上げると、黄色く大きな月が出ていた
秋の始まりを告げる透明な風がそよいでいた・・・
                  続く・・・

posted by マロニエのこみち・・・。 at 06:22| Comment(6) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月29日

「両手いっぱいの花束…B」

季節は夏になっていた・・・
私は、秋に行われるデザインコンテストの絵を提出し、
一時審査を通過したので、
今度は二次審査のための服を、作らなければならなかった

上半身は白のニットで、下はサスペンダーの付いたダボパンツ
ウエスト部分に、ワッカ状の綿の入った飾りが、
全体にぐるりとぶら下がっているという
動いたときの躍動感を狙ったカジュアルな雰囲気の服だった
ショーの本番で着て下さるモデルはイタリア人の女性で、
モデルと体系の近い仮縫い用のモデルを、
さっそく探さなければならなかった

モデルのサイズに目を通していると、
私はいつも見ているU君のシルエットを思い出した
骨格はしっかりしているのに、若者らしく贅肉のない
健やかに育った綺麗な縦長のシルエットは、
このモデルのサイズに随分近いような気がした
私は思い切ってU君にそのことを伝え、
もしよかったらモデルになってくれないかと訊いてみると、
彼は戸惑いながらも、若者らしい好奇心から
この申し出に、承諾してくれたのである

私たちは休憩時間を利用して、
レストランの3階にあった雀荘のおばさんに場所を貸して頂き
U君のサイズの確認のための、採寸をすることにした

マージャン用の、緑色のテーブルがたくさん並んだ部屋で二人
昼と夜の営業時間の合間なので、部屋のクーラーは止まっている
窓の外の喧騒しか聞こえない西陽の当たる蒸し暑い部屋で
私はU君の体に、そっとメジャーを当てていった

薄いシャツの生地を通して、U君の汗がじわじわと滲んでゆく
私の指の触れている部分から、生暖かい蒸気が立ち昇り、
それは清らかな洗剤の香りがした
空気が動いた瞬間に、彼の押し殺した息づかいが聴こえる・・・

その、張り詰めた空気を誤魔化すかのように、
U君はいつものように、無邪気さを装って、
おどけた調子で喋り始めたのだけれど、
ズボンのサイズを測るために、私がひざまずいて、
腰の辺りに手を伸ばしたとき・・・
微かにU君の体が強張って、息が止まったのを、はっきりと感じた
そのとき私自身も、体の一部に、
引き攣るような小さな痛みを感じたのだ・・

恋というのではないはずだった
私は、付き合っていたEのことを愛していたし
純朴な少年が愛しくて、
ちょっと親しくなりたかっただけのことなのである
でも、その幼くて、可愛いだけだと思っていた少年から、
思いがけず、突然ストレートにぶつけられる真摯な言葉に、
いつも私の気持ちは揺さぶられた

「●●さん、付き合っている男いるんでしょう。
いったい何年付き合ってるの。
なんでそいつ、結婚しようって言わないんですか!」

そうだったのだ・・・
Eとは付き合い始めて4年になるのだけれど
二人の間に、結婚の話が一度は出たものの、
諸事情が重なって立ち消えとなり
以来、その言葉が出たことはない・・・
そのことも、私の不安や淋しさの一部だった

「僕なら放ってなんかおかない。そいつに言ってやりたいですよ。」

U君の言葉はどこまでも真っ直ぐで、
優しさと大人の狡さを合わせ持つ優柔不断なEに慣れた私には、
いつも新鮮な驚きがあった

コンテストに出品する服が完成したのは、秋の初め・・・
私とEとは、相変わらず交際を続けていたし、
U君が、アルバイト先の仲間の一人であることに変わりはなかった
ただ、一度だけ、仕事の帰り、二人で食事をする機会があって
その日、私たちは、いつもより長い夜を過ごした

遠い遠い、遠い昔のことである
何も覚えてなどいない・・・
ただ、あのとき私は少し酔っていて、
普段よりも奔放になっていたと思う

U君は・・・
母親以外の女に触れた、初めての夜に・・・
なった日であったかも、しれない・・・

                  続く・・・

Fショーの服

**************************

再度申し上げますが、この物語はフィクションであり(^^)
登場する人物、出来事などは実在せず(^m^ )
また事実とは異なるのですが(^^v)
最後に添付した写真は、
私が実際に第一回目のコンテストで入賞した作品であり
文中の服のデザインも、こちらをモデルにしておりますm(_ _)m

posted by マロニエのこみち・・・。 at 00:14| Comment(10) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月28日

「両手いっぱいの花束…A」


あの正月の、初詣の日からだったろうか・・・
私たちの間には、共通の秘密を持った
仲間のような意識が芽生え始めたように思う

U君は、来年の卒業を控え、
進路のことでも少なからず悩みを持っていたようだったし
父親のいない家庭の長男ということで、
通常よりも干渉の激しい母親からの逃げ場所として
このアルバイト先である美しいレストランや、
あるいは突然できた姉のような存在である私を、
拠りどころにし始めているのではないかと感じていたからである
私はそんなU君が愛しかった・・・

そして、また私自身にとっても、バイト先の仲間の中で、
U君は特別な存在になっていたのだ
あの夜の、彼のまっすぐな瞳と、突然言い出した甘美な言葉が、
付き合っていたEのことや、将来に対し、
ぼんやりとした不安を感じていた私の心を、
思いがけず温めてくれたのだ・・・

それは、お賽銭を投げ入れて、手を合わせた後の、一瞬のことだった
後ろに下がろうとした私と、
私を見ていたらしいU君の視線が偶然に絡み合い、
一瞬だけ時が止まった

「●●さんて、綺麗な人ですね。
眩しくて見ていられない・・・。
僕なんかと、こんなところにいる人じゃない・・・。」

さっきまで子どもだと思っていたU君の、あまりにも穏やかな表情と
飾り気のないストレートな言葉と、少しはにかんだ話し方に
私は年上の癖に、大人げなくも、うろたえてしまったのだ
でも、その動揺は顔には出さず、咄嗟に平静を装うことに勤めた
私は、小さな声ですこし笑った

「何言うてるの・・・。
さ、そろそろ帰ろうか・・・。」

その日の私は、せめてもの正月気分を味わいたくて、
学校の課題で自分で作った、普段は着ない細かな白と黒の格子柄の、
テーラードのジャケットに黒のタイトスカートを合わせ、
首には華やかなパープルのファーを巻き、
そして襟元には、同じ色のコサージュを付けていた

白いブラウスに紺のジャンパースカートという制服姿を見慣れた彼には
多分、華やかな装いをした私が珍しく、
そして大人の女に見えたのだろう
ちょうど私が、いつもの詰襟姿ではなく、
セーターにマフラーを巻いたU君を、新鮮に感じたように・・・

あの日、私たちはどうしただろう・・
U君の家のあるD町に行くバスの、停留所まで送ったのだろうか・・
あるいは、私の下宿のあるM町に向かう曲がり角で、
別れたのだったろうか

あまりにも遠い話で、忘れてしまったけれど、
あの夜の少年の、真摯な表情と悲しそうな声は、
私の中の記憶に、しっかりと刻まれ、
そして切なく懐かしい若き日の思い出として、
今も大切にしまっている・・・

                 続く・・・

posted by マロニエのこみち・・・。 at 00:14| Comment(6) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月27日

「両手いっぱいの花束…@」

アルバイト先のレストランに、
新しく、U君という高校生の男の子が入ってきた
洗いっぱなしの短い髪がいつもツンツンに立っていて
顔にはニキビが花盛り・・・
純朴な可愛らしい少年だった

真面目で素直なので、どんな仕事も頼みやすく
普段は黒服に蝶ネクタイでフロアーに立っていたけれど
時には汚れた白衣を着せられ、
洗い場で大きな寸胴鍋などを、一生懸命に洗っていた
その若くて清清しい後姿
私はいつしかU君の姿をそれとなく追うようになっていた
がしかし、それは、可愛くてたまらない愛しい弟を見守る
姉のような気持ちだったと思う・・・

仕事の手が空いた時、あるいは休憩時間、
U君とよく話をするようになった
あどけない顔から受ける印象と違い、
背は意外にも私をはるかに超え、
黒い制服のズボンの下の、まっすぐに伸びた長い足は
少年が青年へと変わる時期が、
まもなくそこにあることを物語っていた

素直に育った明るいだけの、ごく普通の男の子だと思っていたのに
色々と聞き、推察するに、家庭は母親と妹の3人暮らし
母親との関係に少々苛立ちを覚えている孤独な少年のようだった

秋が過ぎ、正月が来た
私は自費でデザイナーを目指す貧乏な専門学校生だったので
放課後も、盆も、正月もなかった
長期のお休みは、アルバイトにも終日入ることができるので
ありがたい稼ぎ時でもあったのだ
正月、2日まで、レストランはお休みだった
3日、その年の初仕事を終えた後、
閉店時間まで仕事に入っていたU君と、帰る時間が一緒になった
私はU君を八坂神社の初詣に誘ってみた・・・

「え?本当ですか!うれしいです!」
少し驚いたような表情の後の、明るいU君の声に私は安堵した
私は23、U君は17・・・
四条通を並んで歩く姿は、歳の離れた姉弟のように見えただろうか
底冷えのする京都の正月の夜・・・
マフラーをぐるぐるに巻いたU君を見上げると
真っ白く凍った息が、額の上まで舞い上がり、消えていった・・・

神社に着くと、参道には、屋台がびっしりと立ち並んでいる
人出もそれなりに多く、真っ暗な境内に、
白熱灯のオレンジ色の灯が続き、
いつもとは違う正月の華やいだ表情に、
私たちの心も浮き立っていた
なんでだかわからないけれど楽しくなって、
二人で子どものようにはしゃいでいた

U君は、射的の屋台を見つけ、声をあげながら走ってゆく
夢中になって、色んなおもちゃに玉を当てている表情は
まだ小さな子どものように真剣であどけなかった
そしてまた、あまりにも夢中になりすぎるその姿は、
少し危なっかしいようで、若者らしい残酷さもあり、
だから守ってあげたいような気持ちにもなり
また、その遊びの間、私を全く忘れているかのような姿に
置き去りにされた淋しさに似たものを感じた

私はこの6歳の歳の差に戸惑いながらも、
そのまばゆいばかりの若さが新鮮で、
当時、色んな不安を抱えていた私自身の心の中が、
刺激され、ほぐれてゆくのを感じていた・・・

                       続く・・・

**************************

この物語はフィクションであり、
登場する人物、出来事などは実在せず、
また事実とは異なりますので、ご了承願います(^^v)

posted by マロニエのこみち・・・。 at 00:10| Comment(10) | TrackBack(0) | 小説風エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする